29年前、この地で多くの命が失われた。残された者が再起へ流した涙と汗。さまざまな人の励まし。私たちはそれらを受け止めた生き方をできているだろうか。命を守り、一人一人を大切にし、支え合う社会を築く。鎮魂の祈りがささげられる1月17日の朝、誓いを新たにしよう。

 各地で自然災害の発生が相次ぐ。特に1月1日に石川県能登地方で起きた地震は、阪神・淡路大震災と同じ「震度7」。私たちの心も、大きく揺さぶられた。立ち尽くす被災者の姿は29年前と重なる。

 災害をなくすことはできないが、積み重ねた経験と教訓を生かし、被害を減らすことはできる。次世代に受け継ぐ営みが重みを増す一方で、災害の記憶継承は「30年が限界」ともされる。壁を乗り越え、改めて体験を語り継ぐ意味を考えたい。

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 「1・17」のきょう、神戸など各地の小中学校で、震災学習や防災訓練が実施される。

 神戸市須磨区の鷹取中学校では、今回、新たなスタイルの震災学習に挑んだ。「阪神・淡路」を知らない中学3年生が「語り部」となり、さらに下の世代に当たる小学生に伝えるという取り組みだ。

 生徒たちは昨年11月から、震災当時の教員や生徒、震災で弟を亡くした男性らの話を聞くなど、1月上旬まで計10回の授業を重ねてきた。

「わがこと」と捉える

 12月14日、鷹取中の体育館に3年生165人が集まった。当時、同校2年だった神戸市職員、福田敬正(たかまさ)さん(43)が、被災直後の状況を伝える写真などを示しながら、防災、減災の大切さを説いた。

 同校では、激しい揺れで生徒2人が犠牲になった。近くの商店街が炎に包まれ、行き場を失った住民らが避難してきた。一時は約2500人が体育館や教室に身を寄せ、市内で最大規模の避難所となった。

 自宅が全壊した福田さんは「初日は食パン1枚だけ。翌朝、学校におにぎりが届いたが、全員分はなかった」と語った。生徒たちも食事を配るなどボランティアに奔走した。

 「備えるとは命を守ること」と福田さんは力を込めた。話を聞いた女子生徒は「災害時にどう動くか、考える大切さを伝えたい」と語った。

 日常を突然奪われた人の心の中は聞いた話から想像するしかない。震災学習を企画した3年の学年主任、朝生健大(あさおたけひろ)教諭(34)は「受け身になりがちだが、生徒自身が伝える側に回ることで、災害を『わがこと』と捉えられるのでは」と考えた。

 授業のテーマを「予災(よさい)者から予災者へ」としたのも、そうした願いからだ。近い将来、南海トラフ地震に遭う可能性のある子どもたちを「予災者」と名付けることで、災害をリアルに感じ取ってほしいと。

 生徒たちは能登地震に阪神・淡路の教訓が生かされているかどうかなども話し合い、教材を仕上げた。朝生教諭は「人々の苦難を目の当たりにして、人ごとではないとの思いを強くした」と手応えを語る。

 震災を知る語り部は年々、減っていく。次の世代が記憶を丁寧に引き継ぎ、発信していかねばならない。

失うことに向き合う

 関西学院大の金菱(かねびし)清教授(災害社会学)も、震災をまず「自分ごと」として捉えるプロセスが重要だと考え、「大切なものを失う」ことを疑似体験する講義を続けている。

 東日本大震災の津波で両親を失った女性の体験談を聞いた後、大切な人や物の名を記したカードを1枚ずつ選び破るよう、学生に迫る。遺族の話に自分を重ね、カードを破る手が止まる。過呼吸になる人もいる。

 「日常が壊れていく過程と関連づけることによって、震災を知らない学生らも今後起こり得る災害の悲惨さ、痛みと向き合える。災害を一歩引き寄せて考えるきっかけとなる」と金菱教授は意義を語る。

 「かけがえのないもの」を守るために、地域を超え、世代を超えて記憶と教訓を受け継ぎ、防災の心構えを確かなものにする。その大切さを胸にしっかり刻み込んでおきたい。