金菱清さん
金菱清さん

 現代社会において、「トラウマ」という言葉は広く普通の会話でも使われるようになった。一般的には、何らかの誘因でできた「傷」が日常生活に支障をきたし、それを乗り越えるべきものと理解されている。しかし、この「トラウマ=傷」というイメージが、トラウマの理解を逆に妨げているという指摘がある。

 日本で起きた大災害のフィールドワークに基づき、従来の心理学的なアプローチから一歩踏み出し、トラウマを社会関係に埋め込まれたものとして理解することを主眼に置いた本『大災害と相対的トラウマ-出来事がいかにその人に生きられてきたのか』(ナカニシヤ出版)を12月に出版する。学生が1年以上にわたり綿密なフィールドワークを行い、当事者から丁寧に聞き取りをした成果である。

 本書では、従来の心理学寄りな「傷」とされるトラウマを「絶対的トラウマ」と呼ぶ。これは個人を対象とし、フラッシュバックや過覚醒のように身体や精神に表れる現象である。原因となる過去の出来事(傷)が特定され、治療が試みられるのが特徴だ。一方、本書が焦点を当てるのは「相対的トラウマ」である。

■克服でなく共に生きるもの

 「相対的トラウマ」は、周囲の環境や人間関係と比較しながら、時間の経過とは関係なく本人にネガティブに知覚される現象を指す。絶対的トラウマが誰もが認める大きな災害や出来事そのものを原因とするのに対し、相対的トラウマは、固定化された原因がないために個人の生き方や捉え方に大きく依存し、出来事の事後に生まれるという特徴を持つ。

 たとえば、東日本大震災の事例では、津波で子と孫を失った遺族が、通常は喜びの象徴である桜や、美しい星空を見ることで、かえって悲しみや無力感を思い出す。これは、心理状況が混乱しているのではなく、合理的に整頓されているからこそ不動の「美」が不可逆な「死」という事実を認識させる、という一般的なトラウマ理解とは異なる視点を提供する。

 この相対的トラウマの理解は、出来事の一時点のみではなく、その後、その出来事が「いかにその人に生きられてきたのか」に焦点を絞り、トラウマ体験の主体化を全体的に捉えなおすことを可能にする。それは、物語(ナラティブ)化された記憶に沿いながら、記憶を再構成し、自己の健全な統合を育む営みである。

 新著『大災害と相対的トラウマ-』では、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震といった日本の大災害における具体的な事例を通じて、相対的トラウマの多様な様相を浮かび上がらせる。そのうち阪神・淡路について二つだけ紹介したい。

 ひとつめは、約30年がたっても罪悪感や申し訳なさを抱え続けている当時の消防士たちの物語である。ある元消防士は、神戸市長田区の火災現場へ向かう途中で、倒壊家屋の下敷きになった女性を救助しきれず、「逃げた」という思いを抱いてきた。このトラウマ的な体験に対し、同僚が当時の救助活動の様子を描いた絵を贈った。絵は、心の負担となり押し入れにしまわれた時期もあったが自宅に飾られた時期もあった。震災体験を語る支えとなり、トラウマと向き合うきっかけとなった。

 その結果、困難な記憶であるトラウマは、消防士としての「矜持(きょうじ)(プライド)」の一部として組み込まれ、消防生活の一コマとして物語化が進んだ。現在、彼は人命救助の経験を生かし震災の教訓を伝え続けている。

 もうひとつは、大規模な地すべりが発生し34人の犠牲者を出した西宮市仁川百合野町地区で、震災の記憶がどのように共有され、コミュニティー形成に貢献しているかをみようとした。住民は、非現実的な惨状の記憶がよみがえるのではないかという感覚を抱えつつも、荒れた場所に手を加え、地すべり現場の更地にコスモス畑を作り四季折々の花を植え続けた。

 花を植える行為は単なる美化活動ではなく、失われた命や当時の記憶に寄り添い、「忘れない」という誓いを形にする、集合的記憶の象徴的な儀式でもあった。また、花や庭仕事は、喪失感の緩和や希望の創出といった心理的な癒やし効果ももたらしていた。この活動は「震災の克服」ではなく「喪失と共生する」という意識の表れであり、集合的トラウマを継承・共有することで、地域としてのアイデンティティーを維持し強化していると学生たちは結論付けた。

 学生たちの綿密なフィールドワークから得られたこれらの知見は、トラウマが個人の心理的「傷」にとどまらず、社会関係、時間軸、そして個人の主体的な「生き方」と密接に絡み合った現象であることを示している。

 本書で提示した「相対的トラウマ」という概念は、トラウマを個人の認知行動療法的な「克服」や「治癒」の対象としてのみ捉えるのではなく、「共に生きる」ものとして受け入れ、その後の人生において意味を再構築していく過程そのものを重視する。トラウマ理解の新たな地平を切り開くものである。

(かねびし・きよし=関西学院大社会学部教授、災害社会学)