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 今年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季五輪フィギュアスケートのペアで、日本勢初の金メダルに輝いた三浦璃来(りく)選手=宝塚市出身、木原龍一選手が東京都内で記者会見し、現役引退を正式に発表した。三浦選手は「(五輪で)全てを出し切ることができた。やり切った」と語った。シニアで主要大会全制覇を達成した実績などが評価され、紫綬褒章の受章者に選ばれた。重ねてきた努力と功績を改めてたたえたい。

 今後、2人はプロスケーターとして活動するとともに、後進の指導・育成にも意欲を示す。「日本をペア大国に」という新たな夢に向け、さらなる活躍が期待される。

 24歳の三浦選手は宝塚市立御殿山中でシングルからペアに転じ、大阪・向陽台高から中京大に進んだ。33歳の木原選手も中京大出身で、大学時代にシングルから転向し、2014年のソチ五輪、18年の平昌(ピョンチャン)五輪には別のパートナーと出場した。

 愛称「りくりゅう」のペアが誕生したのは19年だった。技術などを確かめるトライアウトで「120%合う」と相性の良さを実感した。頑丈な体格の木原選手と、身長146センチと小柄で瞬発力のある三浦選手は絶好の組み合わせとなる。木原選手は会見で「最高のパートナーと出会えたことに感謝している」と涙ながらに話したが、偶然の出会いが世界最高のペアを生んだと言えよう。

 とはいえ、その後の選手生活は決して平たんではなかった。22年北京冬季五輪の7位入賞や翌年の世界選手権優勝などの実績を残す中、木原選手が腰椎分離症と診断される。故障に苦しむパートナーを前に、三浦選手は「頼ってばかりじゃ駄目。2人で強くなろう」と意識を変え、体幹などを強化したという。

 ミラノではショートプログラムのミスで落ち込む木原選手を三浦選手が励まし、フリーで世界歴代最高得点を出し大逆転した。けがの危機を乗り越えた精神力が2人を支えたに違いない。「ペアを組んでからは一人の人間としても成長できた」という三浦選手の言葉に実感がこもる。

 五輪後の4月、2人は交流サイト(SNS)で現役引退を表明した。競技に挑む姿が見られなくなるのは寂しいが、ペアは女性を持ち上げるリフトなど負荷の大きい技が多い。三浦選手も肩の脱臼を繰り返し、体は限界に近かったのだろう。

 日本のペアの競技人口はまだ多いとは言えないが、3月の世界選手権で長岡柚奈(ゆな)選手、森口澄士(すみただ)選手のペアが4位に入るなど若手も台頭してきている。りくりゅうに憧れる次世代を育てるのはやりがいのある仕事だ。2人で積み上げてきた経験を存分に生かしてもらいたい。