伊藤史隆さん
伊藤史隆さん

 「わからん言葉があります。『落語』というんです。ネットで検索しても出てきません。昔の芸能みたいなんですが、私、見当もつきません。『落語』って何ですか?」

 さる3月3日に行われた「ABCラジオ上方落語をきく会」。昼夜2興行の大トリを飾った桂文珍さんが演じた「落語記念日」(作・小佐田定雄さん)の喋(しゃべ)り出しだ。

 落語好きが集った国立文楽劇場の客席が一瞬ザワッとなった。当日はラジオの生放送もされていたので、お聴きになっていた皆さんもドキッとされたことだろう。

 今からX年後…、AI(人工知能)の技術が進み、その結果、効率の悪いもの、ムダなものはどんどん排除されていくようになり、「落語はムダしかないので絶滅してしまった」という設定の新作落語。「落語」を巡る頓珍漢(とんちんかん)なやりとりや、文珍さんが語る「未来の常識」のおかしさに、満員の場内は大爆笑の渦となった。

 芸歴55年、御年75歳の文珍さんが、今の世や、今の世が目指している未来に向けて多くのことを問いかける野心作。この会の司会を務めた私も舞台袖で大笑いしていたが、一方で考えさせられた。最近はやりの「コスパ=お金をかけず効率よく」「タイパ=時間をかけず効率よく」「ビジュアライズ=見えやすくする」なんて考え方は、果たして人を幸せに導いてくれるんだろうか?と。

 そして、こうも思った。文珍落語の設定では、AIなどの発達で「落語は絶滅する」ことになっていたが、逆ではないだろうか。そんな世の中になればなるほど、落語の良さは引き立つに違いない! 落語に登場する人たち=貧しくとも損得で動くことをしない人たち、人の痛みがわかる人たち、どんなときも笑いを忘れない人たち…、彼らの生き方こそが豊かで極上だと落語は教えてくれるのだから。文珍さん! きっと、そうですよね?

(ABCアナウンサー兼神戸新開地・喜楽館支配人)