神戸市中央区の実家跡近くで。「1967年の水害では、土砂が流れ込んでくるのを見て急いで避難した」と語る筆者(撮影・長嶺麻子)
神戸市中央区の実家跡近くで。「1967年の水害では、土砂が流れ込んでくるのを見て急いで避難した」と語る筆者(撮影・長嶺麻子)

 私が生まれ、1971年の高校卒業まで住んだ家は、神戸市中央区の東端近くにある借家だった。付近には学校、運動場、動物園などがある。家族は、銀行員の父と専業主婦の母、弟、祖母の4人だった。祖父は私が2歳のとき他界したので、ほぼ記憶はない。中学に入る頃までは家に風呂がなく、銭湯に通った。そのせいか、今も銭湯が好きだ。