Aさんは、最近物忘れが多くなってきた父親の運転を心配していました。「そろそろ免許を返納したらどうか」と勧めても「まだ大丈夫だ」と聞く耳持ちません。田舎暮らしの父にとって、車は生活の足そのもの。その気持ちが理解できるだけに、Aさんはそれ以上言えません。
そんなある日、父の家の駐車場に停めてある車に見慣れない擦り傷があることにAさんは気がつきました。それは決して大きな傷ではありませんが、Aさんの胸をざわつかせるには十分でした。父に尋ねても「どこでぶつけたかなあ」と首をひねるばかりで、要領を得ません。
そこでAさんは、車に付けていたドライブレコーダーの録画された映像を確認します。するとそこには、近所のスーパーで隣に停めてあった黒い高級車の側面に車が接触していた映像が残っていました。なんと父は、確実に車と接触しているにも関わらず、何事も無かったかのようにその場を後にしていたのです。
「親父、当て逃げしたな…」と察したAさんは、どのように対応すればいいのでしょうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞きました。
■家族が当て逃げの事実を知っても通報する義務はないが…
ー「当て逃げ」は、どのような法的責任を問われますか?
不特定多数の人が利用するスーパーの駐車場は、道路交通法が適用される「道路」とみなされます。そのため交通事故を起こした運転者には、危険防止措置義務(道路交通法第72条)と警察への報告義務(道路交通法第72条)が課せられています。
「当て逃げ」は、これらの義務を怠って現場を立ち去る行為であり、単なる物損事故とは異なり、刑事事件として扱われます。これらの違反には行政処分として違反点数(安全運転義務違反2点+危険防止措置義務違反5点=合計7点)が加算され、前歴がない場合でも30日間の免許停止処分となります。
ー家族が当て逃げの事実を知った場合、警察に通報する法的な義務はありますか?
日本の法律では、犯罪を目撃したり知ったりした第三者(家族を含む)に対して、警察への通報を法的に義務付ける一般的な規定はありません。通報はあくまで国民の協力に委ねられています。ただし道義的な観点や、後述するご家族のリスクを考えると、早期に警察へ相談することが望ましいでしょう。
ー事実を隠蔽した場合、家族が何らかの罪に問われる可能性はありますか
もしご家族がお父様をかくまったり、身代わりを立てたりするなど、積極的に警察の捜査を妨害するような行為に及んだ場合、「犯人隠避罪(刑法第103条)」に問われる可能性があります。犯人隠避罪の法定刑は「3年以下の懲役または30万円以下の罰金」です。
しかし刑法には「親族間の犯罪に関する特例(刑法第105条)」という規定があります。これは犯人の親族(配偶者、6親等内の血族、3親等内の姻族)が犯人を助けるために犯人隠避などの罪を犯した場合には、「その刑を免除することができる」というものです。
ただし、被害者への対応やお父様が今後さらに重大な事故を起こしてしまうリスクを考えると、このまま放置することは最善の策とは言えません。弁護士などの専門家に相談し、警察への届け出や被害者への対応について、具体的なアドバイスを求めることを強くお勧めします。
◆北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
「きたべん」の愛称で大阪府茨木市で知らない人がいないという声もあがる大人気ローカル弁護士。猫探しからM&Aまで幅広く取り扱う。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)