夫婦も長く連れ添えば、「一緒にいられる幸せ」よりも「一人で過ごす心地よさ」に気づく瞬間が訪れるもの。とくに単身赴任などで生活のリズムが変わると、見えてくる家庭の姿も変わってきます。
7年前から夫が単身赴任をしているOさん(東京都・40代)。当初は寂しさや不安、育児と家事に追われる毎日でしたが、次第に生活のペースが整い、夫がいない日常が自然なリズムとして定着していきました。
そんな中での月に一度の帰省。かつては心待ちにしていた夫の帰宅が、今では「生活の嵐の予兆」に感じられるようになってきたといいます。
■夫の帰宅=生活リズムの崩壊
夫が帰ってくると、家の空気が一変するのを感じるとOさんは話します。リビングに置きっぱなしの靴下、増える洗濯物、洗面所から聞こえるうがいの音や独り言。そうした生活音が耳につき、心がささくれ立っていくのです。
ある日、推しバンドが生放送番組に出演することを楽しみに、家事を終えたOさんはソファに腰を下ろしました。イントロが流れたその瞬間、夫が「これ知ってる」とばかりに歌い出し、台無しになったその時間に、怒りがこみ上げたといいます。「静かにして」「歌わないで」と思わず声を上げそうになるほど、気持ちは高ぶっていました。
■季節感ゼロの家事介入にイライラ倍増
夫は帰省のたびに、家の中の季節管理に口を出してきます。9月の終わりには「まだ暑い日があるから扇風機は片付けないで」と言って赴任先へ戻ったにもかかわらず、10月に帰宅した際には「扇風機、邪魔だね」と口にしました。Oさんは「それはあなたの指示です」と言いかけ、言葉をのみ込みました。
また、肌寒くなり始めた頃には、すぐにガスヒーターを点けたがる夫。まだ早いと感じるOさんをよそに、部屋中に温風が広がります。その姿は半袖に短パン。「東京は寒いなあ」と言いながらの薄着に、Oさんは「ヒーターより先に着替えてほしい」と、思わず長袖のジャージを指さしました。家の温度とともに、心の温度も乱される瞬間です。
■水出しっぱなしとソファ占領という名の小さな暴力
朝の洗面所では、湯を勢いよく出したまま顔を洗う夫。「水がもったいない。そもそも、まだお湯を使う時期じゃない」と伝えても、夫はどこ吹く風。久々の再会に水を差したくない気持ちはあっても、湯気の立ちこめる洗面台を見つめるたびに、モヤモヤは募っていきます。
夜、ようやく一人時間が訪れるはずのタイミングでも、夫はソファを占領し、スマホ片手にゲームに夢中。Oさんが腰を下ろす余地もなく、ようやく訪れた静けさが数秒でかき消されてしまいます。
一つひとつはささいなこと。それでも積み重なれば、針のように心に刺さる。いつしかOさんは「夫の呼吸音すら気になる」と感じるほど、神経が研ぎ澄まされていきました。息子たちが同じことをしても気にならないのに、夫だと許せない──この差はどこから来るのでしょうか。
■嫌いなのか?ペースを乱されることがつらいだけ
これは夫を嫌いになったということなのでしょうか。
Oさん自身も戸惑いながら、ふと気づきます。7年間の単身赴任で、家は「自分と子どもたちの空間」になっていました。家事の流れ、食事の時間、夜の静けさ…すべてが秩序として定着していたのです。
そこへ、異なるテンポを持つ存在が入り込めば、どうしても摩擦が生まれる。夫もまた、一人時間のスタイルを保ちつつ、たまの帰省で自分なりにくつろいでいるだけ。それがいまの家庭の空気とわずかにずれているだけなのです。
きっと、単身赴任の年月が、それぞれの生活リズムを育ててしまったのでしょう。
だからこそ、夫が帰ってくる日は、少しの“覚悟”が必要です。リビングにスリッパが転がっていても、水道が出しっぱなしでも、誰も見ていないテレビがついていても。「これが我が家」と受け入れる寛容さを、少しずつ取り戻すこと。それが、たとえ腹が立っても、夫婦であり続けるための小さな努力なのかもしれません。
◇ ◇
単身赴任は、夫婦の距離を広げるだけでなく、「相手がいない生活の快適さ」に気づくきっかけにもなります。その快適さが深まるほど、ふたたび同じ空間で過ごすことが難しくなる──これは現代の夫婦にとって、決して他人事ではない問題です。
Oさんは、夫が帰ってくる朝、心の中でそっと願います。
「どうか今日は、イライラしませんように」と。
(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)























