(この連載は、WHOの自殺報道ガイドラインに則り、精神医療の専門家の助言を受けています。記事中、個人名の敬称は省略しました)

 「政治家が正義貫かんとどないすんねん」

 兵庫県議だった竹内英明の口癖だ。

 竹内の議員生活は姫路市議と兵庫県議を合わせ、6期約21年間に及ぶ。彼はどんな信念を持ち、どんな実績を残した政治家だったのか。周囲からどう見られていたのか。その姿をたどってみたい。

兵庫県議の初当選を決め、万歳する竹内英明氏=2007年4月8日、姫路市砥堀

 姫路市出身の竹内が政治を職業として強く志すようになった転機は、阪神・淡路大震災だ。

 当時、早稲田大学に通っていた竹内は発生直後にボランティアを募って神戸に向かっている。「行政の判断一つで、人の暮らしが大きく左右される」現場を繰り返し見た。その体験が「行政の判断を監視する役割を、自分が担う」という思いにつながっていった。

 生まれ育ちは、一般的なサラリーマン家庭だ。

 小中高校の同級生で、市議選への挑戦時から事務所を手伝ってきた男性は言う。

 「本当に地盤も何もないところからのスタートだった」

 父親は病院の事務職で、政治家の家系ではない。学生秘書の経験はあったが、強い後ろ盾があるタイプではなかった。

 政治家としての最初の舞台は、地元・姫路市議会。早い時期から、こだわったのは「お金の流れ」だ。

 当選後、市職員互助会の厚遇問題が浮上する。職員の親睦・共済組織に長年流れ込んできた補助金の妥当性を問い、結果として縮小・廃止の方向性が示された。

■地域を気にかけ

 市発注工事や指定管理者制度でも、事業者の選定過程や費用対効果を取り上げ、「民間や利用者が負担すべき部分まで公費で支えていないか」と問いただした。

太陽光パネルの設置計画が持ち上がった予定地を確認する地域住民=2018年3月、姫路市砥堀

 県議に転じてからも、足元の地域を気にかけた。

・地元の太陽光パネル計画をどう「止めに行き」、県の「見えにくいお金」をどう追い詰めたのか。

・「将来世代の代弁」「政治家が正義貫かんとどないすんねん」という言葉が、どんな具体的な行動と結びついていたのか。

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