「もっと撫でていいよ?」の合図がかわいらしい幸子ちゃん=画像提供:幸子(こうこ)さん
「もっと撫でていいよ?」の合図がかわいらしい幸子ちゃん=画像提供:幸子(こうこ)さん

「最近、お顔を洗う仕草で『もっと撫でてもいいよ」と伝えてくれるようになった」--。そんなコメントが添えられた元保護犬の動画が、Xで注目を集めています。映っているのは、「幸子(こうこ)」ちゃん(7歳・女の子)。多頭飼育崩壊の現場からレスキューされ、2019年11月16日に飼い主さんのおうちへ迎えられました。

動画の中で、幸子ちゃんは横になり、片方の前足で顔を覆うようにしてくつろいでいます。

飼い主さんが体を優しく撫でたあと、「これでおしまいね」の合図として軽くポンポンと触れ、手を離そうとすると、幸子ちゃんは前足で鼻のあたりをちょいちょい。

飼い主さんが再び撫でてから、もう一度ポンポンと合図すると--。

幸子ちゃんは、また同じしぐさを見せました。まるで「もう少し撫でてもいいよ」と伝えているかのようです。

「これでも昔より、ずっとスキンシップが好きになってくれました」と話す飼い主さん。何げなく見える前足の動きには、ふたりの間で少しずつ育まれてきたやりとりが隠されていました。

■「もっとかわいがってほしい」元保護犬が覚えた合図

幸子ちゃんの飼い主さんによると、撮影したのは、幸子ちゃんが居間でまったりと過ごしていたときでした。幸子ちゃんは、ご飯のあとに甘えん坊になることが多いそう。食事の前には2kmほど散歩をしており、このときは運動と食事を終えて、のんびり過ごしていたところでした。

「トレーナーからストイックと言われたほど、冷静で感情表現が控えめな子です。ただ、年齢を重ねるにつれて、少しずつ気持ちを表現してくれるようになってきた気がしています」

人との触れ合いでは適度な距離感を好み、長く触れられることはあまり得意ではない幸子ちゃん。そのため飼い主さんは、心地よく過ごせる距離を保つよう心がけています。

「ベタベタしすぎても、怒ったり歯を見せたりすることはありません。静かにすっと離れていきます」

前足で鼻のあたりを押さえるしぐさは、飼い主さんの夫とのやりとりから生まれました。夫が幸子ちゃんをかわいがる際、鼻を軽く押さえて愛情を伝えていたところ、幸子ちゃんも、かわいがってほしいときに同じしぐさを見せるようになったそうです。

「これも、わが家独特の会話術のひとつです。会話が成立したときは、たくさん褒めるようにしています。お互いに気持ちを伝えることを習慣づけるよう、心がけてきました」

前足で飼い主さんをちょいちょいと触り、気持ちを伝えることもある幸子ちゃん。家族だけの会話を重ねるうちに、自分から思いを表す場面も増えてきました。「もっと撫でていいよ?」というアピールに、飼い主さんも「うれしかったです。私は本当は、もっとベタベタしたいので(笑)」と笑います。

■生後3週間で救出、飼い主さん夫婦と運命の出会い

幸子ちゃんと飼い主さんが出会ったのは、米国・ニューヨーク市で開かれた保護団体の譲渡会でした。当時、米国へ移住して間もなかった飼い主さん夫婦は、現地でしばらく暮らす予定だったことから、何度も話し合った末に犬を迎えることを決めました。

譲渡会を訪れた当初の目的は、オンラインで見かけた別の犬に会うこと。しかし、その犬とはご縁がつながらず、そこで出会った幸子ちゃんに飼い主さんがひと目ぼれしました。

幸子ちゃんは、ニューメキシコ州で100頭近い犬が劣悪な環境に置かれていた、大規模な多頭飼育崩壊の現場出身です。生後3週間で保護され、10カ月を過ぎるまで保健所で生活。その後、ニューヨークの保護団体へ移送されました。

一度は別の家族のもとでトライアルを経験しましたが、うまくいかず保護団体へ戻ることに。そうしたタイミングで、飼い主さん夫婦と巡り合いました。

「分離不安があり、社会化もほとんどできていませんでした。体の大きさに比べてものすごい怪力の野生児だったので、最初はとにかく大変でした。たくさん悩みましたし、夫婦でけんかもしましたし(笑)、何度も泣きました」

人への警戒心も強く、特に初対面の大柄な男性には、おびえて吠えることもありました。最近では人見知りも和らぎ、ドライな性格はそのままに、少しずつ甘えん坊になってきたそうです。

「幸子が来てから、本当にたくさん幸せにしてもらいました。わが家のひとりっ子として、今では幸子がいない暮らしは考えられません」

米国では、コロナ禍に何度も長距離の引っ越しを経験しました。それでも車での移動や新しい環境に順応し、家族とともに過ごしてくれたことに、飼い主さんは感謝しています。昨年11月には、乗り継ぎを含む24時間の移動を経て、米国からタイへ移住。ホテルでの仮住まいや高温多湿な気候、のどかな山の家から都会への転居にも順応しました。

「アメリカでは毎週、山歩きに連れ出していたのですが、今は人間が新しい生活に慣れることで手いっぱいです。まだ幸子を連れて、楽しい場所へ出かけることができていません。年末までに、幸子を連れて出かける余裕を持てるようにすることが、私たち夫婦の目標です」

かつて人との触れ合いに慎重だった幸子ちゃんが、今では自分から送るようになった小さな合図。その思いを受け止めるたび、家族だけの会話がまたひとつ重なっていきます。

(まいどなニュース特約・梨木 香奈)