水泳と自転車ロードレースと長距離走を1人でこなす耐久競技のトライアスロン。健康な人が挑戦するとしても過酷なこの競技に、本間大希さんは糖尿病と戦いながら挑戦しています。なぜ彼はこのような過酷な競技に挑戦しようと考えたのでしょうか。1型糖尿病が発病したときのことから詳しくご本人に話を聞きました。
■1日7リットルの水。ただの風邪だと思いきや不治の病と宣告
本間さんが身体に異変を感じたのは、25歳の春でした(以下『』内、本間さん談)。
『ある日、急激な喉の渇きに襲われ、舌が砂漠のようにひび割れ、水分をどれだけ摂っても尿として出てしまうようになりました。気付けば1日に7リットルもの水を飲む状態が1週間も続いて、最初は風邪か焼肉で生焼けの肉を食べたことによる食中毒だと思っていたんですよ』
当時はコロナ禍に入ったばかりで、詳しい検査をなかなか受けられなかったようです。ようやく受けた血液検査の帰り道で、本間さんは路上で動悸と過呼吸を起こして倒れ込み、緊急搬送されます。そして入院から2週間後、医師から告げられた病名は「1型糖尿病」でした。
『1型糖尿病とは、膵臓にあるインスリンを分泌する細胞が破壊されることで起こる疾患です。私の場合、自身の血糖をコントロールするためには、食事のたびに数値を計算してインスリンを皮下注射で補う必要がありました。なので毎日最低4回のインスリン注射を、一生打ち続けなければなりません。その事実を突きつけられとき、母親と一言も口をきけないまま病室で泣き崩れました』
■過酷な食事制限と、SNSでの心ない誹謗中傷
退院後の生活は過酷を極めたそうです。
『血糖値をコントロールするため、朝昼晩、豆腐と納豆、100gの米、キャベツの千切りを混ぜ合わせたメニューをただの作業として食べる日々です。医師からはラーメンやお酒、間食も止められ、食の楽しみは完全に奪われました。
孤独と苦痛のなか、SNSで同じ病気の人を探すと、お寿司を食べたりビールを飲んだりしながら自由に生きる当事者たちの姿がありました。彼らから「ちゃんと血糖をコントロールできればこんな生活が送れるんだ」と勇気をもらった私は、自らもYouTubeやSNSで動画の発信を開始するようになりました』
SNSでの発信が数百万回再生され喜んだのも束の間、思いがけない批判が殺到します。「糖尿病になったのは悪い生活習慣のせいだ」「治療費が税金で賄われるのはいかがなものか」といった、病気に対する無理解からくる偏見や誹謗中傷でした。
■先輩に連れ出された自転車。そして日本一周へ
いわれのない言葉に傷つき、本間さんは不安と動悸に怯えながら布団にくるまる日々を送るようになります。そんな彼を救ったのは、地元の先輩でした。
『「家に引きこもってないで外に出ろ」と先輩に無理やり自転車を貸し出されました。けれど、いざ自然の中で風を感じ、太陽の光を浴びた瞬間、止まらなかった動悸が嘘のようにスッと消えたのです。このとき「軽い運動をして外の空気を吸うのが『生きる』ってことなんだ」と実感しました』
この体験を機に、本間さんは「SNSだけでなく、リアルの当事者に会いたい」と、なんと自転車での日本一周を決意します。
『自転車のハンドルにスマートフォンを取り付け、センサーで血糖値をリアルタイムに確認しながら走ることにしました。急激に下がる血糖値に合わせて30分ごとにバナナを口に押し込みながら、1日およそ80kmを走り抜く過酷な旅でしたよ』
■引きこもりだった少年の笑顔
日本一周の旅で、本間さんは500人以上の糖尿病患者やその家族、医療従事者と出会い、ネットでは分からないリアルな現実に直面します。なかでも本間さんの心を大きく揺さぶったのは、札幌で出会った小学5年生の男の子でした。
『半年前に1型糖尿病を発症したという少年は、「自殺してやるんだ!」と言いながら注射をし、ずっと部屋に引きこもっていたんです。けれど私の動画を観てくれていたらしく、直接会った日は目をキラキラさせて「YouTuberの方ですよね」と話しかけてくれました。久々に我が子の笑顔を見たという両親の言葉を聞いた瞬間、私は「このためにこの病気になったんだな」と悟りました』
本間さんは言葉だけではなく「行動」で勇気を届けるため、次なるステージへと向かいます。
■行動で示すため、恐怖のトライアスロンへ
『元プロ野球選手の岩田稔さん(1型糖尿病を患いながらピッチャーとして活躍)の存在に私自身が救われたように、言葉だけでなく、行動でも希望を与えられる存在になろうと思い、まずはフルマラソンに挑戦しました』
彼は厳しいトレーニングの末にフルマラソンを3時間36分で完走します。そして次の挑戦として選んだのは、スイム・バイク・ランをこなす過酷な「トライアスロン」でした。
『まったく泳げない状態から練習を始めましたが、海への恐怖は想像以上で、ストレスから円形脱毛症ができるほどでした。それでも、「病気だからこそ、ここでやめたら病気に屈したことになる」と踏ん張り、オリンピックディスタンス(スイム1.5km、バイク40km、ラン10km)を完走しました』
■「発症当時の方が何百倍もきつい。生きているだけで偉い」
現在、本間さんは「病気じゃなかったら出会えなかった人がたくさんいる。いつか死ぬ時に、この病気になってよかったと言いながら死ねるんじゃないか」と語るほど、豊かで濃い人生を歩んでいます。
しかし、前を向いて過酷なレースに挑み続ける彼だからこそ、いま苦しんでいる当事者へ伝えたいことがあります。
『発症当時、キラキラと前を向いている同じ病気の人を見て、そう思えない自分を責めて思い詰めた時期がありました。だから、無理に前を向かなくていいと言いたいです。トライアスロンやフルマラソンもめちゃくちゃきついけど、発症当時の方が何百倍もきつかった。落ち込むのは当たり前。自分を卑下せず、本当に、生きているだけで偉いんです』
病気に絶望した青年はいま、痛みを誰よりも知るメッセンジャーとして、全力で走り続けているのでした。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)























