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1995・1・17から1
 埋もれた記憶 西宮・仁川の地滑り

(4)あの日 脱出、昨日のことのよう
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大量の土砂が住宅街を襲い、仁川をふさいだ=1995年1月18日、西宮市仁川百合野町周辺
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大量の土砂が住宅街を襲い、仁川をふさいだ=1995年1月18日、西宮市仁川百合野町周辺

大量の土砂が住宅街を襲い、仁川をふさいだ=1995年1月18日、西宮市仁川百合野町周辺

大量の土砂が住宅街を襲い、仁川をふさいだ=1995年1月18日、西宮市仁川百合野町周辺

 鹿児島県北部。かつて金山で栄えた盆地の町には、のどかな田園が広がっていた。晩秋の朝、県営住宅の三階に住む野口秀夫さん(51)を訪ね、取材をお願いした。

 秀夫さんはかつて阪神水道企業団の甲山浄水場に勤め、そのふもとの官舎に住んでいた。阪神・淡路大震災の三カ月後、仕事を辞め、家族とともに故郷に引き揚げた。

 「つらい経験を思い出してもらうのは、申し訳ないのですが」と切り出すと、秀夫さんは苦笑した。「思い出すも何も、昨日のことのように覚えてますから」と。

    ◆

 秀夫さんは、夜明け前のトイレで地震に遭遇した。揺れが収まって数秒後、地鳴りが聞こえた。何かが、来る。

 妻の恵美子さん(47)と小学生だった二女(21)がいる寝室へ駆け戻り、二人を抱えようとした。すさまじいごう音。死を覚悟した。気がつくと、目の前に天井があった。

 「生きてるか」。隣室の長女(23)が「大丈夫」と返事した。探すと懐中電灯が見つかった。肩で天井を押し上げ、板を頭と手で押し破った。娘二人が「助けてください」と大声を上げた。

 救出に駆けつけた近所の若い兄弟がかわらをめくってくれ、秀夫さんは脱出できた。平屋だったのが幸いした。懐中電灯の光の輪に映る風景に絶句した。山すそから官舎までの間の家並みが消えて、砂山と化していた。

 「うちはいいから、ほかを助けてあげて」と兄弟を促した。秀夫さんは物置にあった登山靴を履いて屋根をけ破り、家族三人を次々引き出した。

 寝室の壁際にあったピアノが、寝室と長女の部屋の崩れた天井を支えてくれた。ピアノが作ったすき間で救われた。

 脱出できてすぐ今度は救出に向かった。近くで沢村香世さん(32)の足が、がれきの中に見えていた。兄弟ら住民が周囲を掘り、助け出した。

 同僚の福田周市さん=当時(52)=の官舎も全壊だったが、土砂に埋もれていない一角から秀夫さんは潜り込んだ。二日後の引っ越しに備えて荷作りされた段ボール箱を押し分けた。呼んでも返事はなかった。余震が来た。戻らざるを得ない無念が、心に刻まれた。

    ◆

 パジャマ一枚の恵美子さんと娘二人に近所の人が服をくれた。まだ薄暗かったとき、がれきから煙が昇るのに気づき、恵美子さんは叫んだ。

 「火が出ている」

2004/1/13

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