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1995・1・17から1
 埋もれた記憶 西宮・仁川の地滑り

(9)かっとう 周囲の支えで生きられた
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自宅跡から取り出したキャラクター人形。いまでは雄之助ちゃんのお気に入り=西宮市内
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自宅跡から取り出したキャラクター人形。いまでは雄之助ちゃんのお気に入り=西宮市内

自宅跡から取り出したキャラクター人形。いまでは雄之助ちゃんのお気に入り=西宮市内

自宅跡から取り出したキャラクター人形。いまでは雄之助ちゃんのお気に入り=西宮市内

 仲の良い姉妹だった。いまもよく妹加奈さん=当時(21)=を夢に見る。

 一九九五年一月十七日。西宮市仁川百合野町の地滑りで助け出された沢村(旧姓・林)香世さん(32)はその光景に息をのんだ。土砂に押しつぶされた自宅が、地中からの激しい火勢にさらされていた。妹は、両親は-。

 市内の叔母宅に身を寄せ、次の日もその次の日も、朝から夜まで救出現場に立ち会った。香世さんは二段ベッドの下段、妹は上段に寝ていた。「近くにいたはずなのに」。自責の念が募った。

 家族がいつ発見されたか、日時を正確には覚えていない。圧迫死と判断された両親に対し、加奈さんは焼死だった。

 勤めていた信販会社の復帰に約一カ月かかったが、何があるか分からない明日なら、好きなように生きようと決めた。その年に仕事を辞め、イラストレーターの養成学校へ。アルバイトで出版社に勤めた。自作の絵が本などに掲載された。自分を変える挑戦だった。

 震災当時は結婚していた、香世さんの姉に九六年、男の子が生まれた。抱っこした。瞬間、忘れていた感覚がよみがえった。肌のふれ合う温かみ。愛情を注ぐ対象を自分が強く求めていた。ふと「家族」をつくりたいと思った。

    ◆

 仁川百合野町から車で五分足らずの場所に香世さんは新居を構えている。結婚は九九年。二年後、長男の雄之助ちゃん(3つ)が誕生した。

 失って初めて分かったことがある。「人間は欲深いから、あれもこれもと思いがち。家族はいてくれるだけで幸せなんだ」。仁川の家族とは心の中でつながっている。

 一月十七日。夫と雄之助ちゃん、幼なじみの四人で仏壇に手を合わせた。夫とは結婚前に一度、地震の話をしたきり。姉、叔母とも話さない。しゃべらなくても気持ちを理解してくれるみんなの支えでいまを生きている。

 「例えば子どもが与えてくれる小さな幸せをたくさん集めたい。不幸なことが、全体の中で小さくなればそれでいい」

    ◆

 震災のことを話すのはつらい。新しい友達をつくるのにも憶病になったという。自宅跡には二度行っただけ。これまで一切の取材を拒んできた。九年を経たいま、なぜ、当時の話をしてくれたか。

 「私が元気であることを知ってもらい、助けてくれた人に感謝の気持ちを伝えたい」

2004/1/18

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