岡部芳彦さん
岡部芳彦さん

 3月の最終週に、何の変哲もない大学の廊下で転び、左足を骨折した。50歳を過ぎ、初老の悲哀を感じた。2週間がたちギプスが取れた翌日、ウクライナのキーウへ旅立った。ロシアの軍事が専門の小泉悠先生と一緒に、ドローンやサイバーセキュリティーなどの先端技術を視察するためである。

 キーウに到着して3日目、スマートフォンのアプリを通じ空襲警報がけたたましく鳴った。数秒たつかたたないかのうちに「ボン、ボン、ボン」と数回にわたる爆発音があり、部屋の窓ガラスが震えた。弾道ミサイルを迎撃した音である。

 後で知ったが、この日はキーウをはじめとするウクライナ全土にロシアによる大規模空襲があり、少なくとも17人の市民が犠牲になった。泊まっていたのは4階で、どうするか迷ったが、骨折した足を引きずり階段で地下のガレージを改装したシェルターに避難した。

 戦争が始まってからウクライナに行くのは6回目である。最初に訪問した頃は、アメリカの軍事支援のおかげで迎撃率は100%に近く、今ほど緊張感はなかった。

 その時は10階に泊まっており、迷ったが日本で学んだ「災害マニュアル」に基づき階段で地下3階のシェルターに行くと、誰もおらず、慌ててやってきた従業員に「どうして階段で来たんですか」と呑気(のんき)に聞かれる始末である。なかなか空襲警報が解除にならず、彼らに一緒にシェルターにいてもらうのも申し訳ないので、部屋に戻ると言うと「階段で帰るんですか」と聞かれたので「エレベーターで帰ります」と矛盾した返事をした。

 今回の帰国後、まだ杖(つえ)をついているが、階段を上り下りするのに緊張感はない。平和をかみしめながら一歩一歩前に進む。ウクライナでは今日も戦争は続いている。

【おかべ・よしひこ】1973年神戸市生まれ。大阪大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。神戸学院大学松口正記念ウクライナ研究センター所長、在神戸ウクライナ名誉領事。姫路市在住。