濱野ちひろさん(C)藤代冥砂
濱野ちひろさん(C)藤代冥砂

 ある時期、トルコのイスタンブールが好きになって繰り返し訪れていた。たくさんの友達ができた。

 なかでも特に仲良くなった人々に、とある大家族がいる。1棟のマンションの各部屋に5、6人からなる息子世代の家族が3世帯と、その老いた母親が住んでいた。トルコの伝統的な家父長制大家族といえる。私はトルコ語ができないから、カタコトの英語を喋(しゃべ)る次男を通して意思疎通するか、表情と身ぶり手ぶりで乗り切っていた。

 そんな私をなぜか彼らは愛してくれ、最後に会ってからもう15年ほど経(た)つというのに、いまでもSNSを通して「元気?」「今度はいつ来るの?」とメッセージをくれる。最近は翻訳機能が充実しているから、随分話しやすくなった。

 その大家族のもとでお世話になっていたとき、次男の妻とふたりでケーキとチャイ(紅茶)を楽しむ機会があった。彼女はトルコ語で私に懸命に話しかけた。目をじっと見つめて、口にはケーキを運びながら。

 そのとき不思議なことが起きた。言葉は通じないのに、彼女の言うことが明確に理解できたのだ。

 彼女はこう言っていた。「子どもを2人も産み育て、これから楽になれると思っていた。私は二度と産まないつもりでいた。でも、夫がある晩、突然求めてきたの」

 彼女は言葉を切り、ため息とともにチャイを含んだ。そしていま、傍らには乳飲み子の男児がいる。「でもね、生まれてみると本当にかわいい。夫よりもずっと愛してる!」と、最後の冗談までわかった。

 言葉を超えてこれほど心が通じた体験は後にも先にもこのときだけだ。あるべき女性たちの連帯は、国家や宗教、政治などによって分断されることがあっても、女性個々人が現実に抱える人生の問題や課題は通底するからだと思う。

 私は彼女の話に全力で頷(うなず)いていた。私たちは抱き合い、互いの身体(からだ)を包んだ。そこには確かにひとつのシスターフッド(女性同士の連帯)があった。

【はまの・ちひろ】1977年広島県生まれ。京都大大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。ノンフィクションライター。「聖なるズー」で開高健ノンフィクション賞。