1975年、兵庫県山岳連盟はネパール・ヒマラヤのP29(標高7835メートル)に登山家13人を派遣した。登頂に近づいたところで雪崩に遭い、下山。日本勢2度目とされる成功を逃した。結果的に県連盟による挑戦は「最初で最後」となったが、半世紀たった今も隊員たちの記憶は色あせない。(有島弘記)
■尼崎でメンバーら集う 山への尽きぬ思い
2月中旬、当時のメンバーらが尼崎市内のなじみの飲食店に集まった。登山隊のほぼ半数が鬼籍に入った時の流れを悲しみつつ、思い出話に花を咲かせた。
1975年、兵庫県山岳連盟はネパール・ヒマラヤのP29(標高7835メートル)に登山家13人を派遣した。登頂に近づいたところで雪崩に遭い、下山。日本勢2度目とされる成功を逃した。結果的に県連盟による挑戦は「最初で最後」となったが、半世紀たった今も隊員たちの記憶は色あせない。(有島弘記)
■尼崎でメンバーら集う 山への尽きぬ思い
2月中旬、当時のメンバーらが尼崎市内のなじみの飲食店に集まった。登山隊のほぼ半数が鬼籍に入った時の流れを悲しみつつ、思い出話に花を咲かせた。