車にはねられて後ろ脚が不自由になった雑種犬「きよし」を主役に、動物の命の重みや殺処分の現状を伝える絵本「すていぬきよしのゆめ」が完成した。保護犬と触れ合えるカフェなどを運営する一般社団法人「MOKOん家」が自費出版した。殺処分される寸前で保護されたきよしが、自らの足で散歩する夢をかなえるため、リハビリに励む物語だ。(大田将之)
■通勤ラッシュの道の真ん中に…
同法人代表理事の寺谷朋子さん(60)がきよしと出合ったのは、2020年冬のことだった。
12月3日朝、神戸市北区の県道15号神戸三田線は、通勤ラッシュで車が途切れなく行き交っていた。その道の真ん中で、後ろ脚を引きずって立ち往生している犬を見つけた、と寺谷さんは知人から電話を受けた。
「大きい子。前脚だけで必死で道路を渡ろうとしている」と知人。寺谷さんは「警察に伝えてください。あとは何とかします」と頼んだ。犬は駆け付けた警察官に市の動物管理センターへ運ばれた。
その日のうちに寺谷さんはセンターへ向かった。きつね色の若い雑種が、囲いの中で縮こまっていた。
近づくと、大きな目で見上げるだけで動かない。外傷はないが、あばら骨が浮き上がるほど痩せていた。「×」と「○」の模様が刺しゅうされた水色の首輪を付けており、かつて飼い犬だったことが分かった。
「後ろ脚は車にひかれて全く動かない。元々飼い犬のようだが、これだけガリガリだということは恐らく捨て犬でしょう」とセンターの職員。「飼い主が現れなかったら殺処分するしかないですね」と続けた。
寺谷さんは時々様子を見に行き「待っててね」と声を掛けたものの、自ら迎えるには不安があった。
営むカフェには40匹近い犬や猫がいた。寺谷さんも持病でしゃがむことが難しい。後ろ脚が動かない犬の介助ができるだろうか。
迷い犬として公示されたが、飼い主は現れない。悩んでいると、スタッフの柏木亜理沙さん(32)が背中を押してくれた。「がんばりましょう。私が世話をしますから」
■おびえて硬直した体、垣間見える悲しい過去
12月14日、決心した寺谷さんはセンターへ迎えに行った。暴れるでもなく、おびえた様子でじっとしていた。体をさすると、硬直していた。「全く人間を信用していない。そんな感じでした」
きよし、と名付けた。由来の一つは「クリスマス間近だったので、きよしこの夜から」。もう一つはつぶらな瞳。「大きくてぎょろっとした目が、西川きよしさんみたいだなって」
きよしは、ボランティアが寄付してくれたベビーベッドにしばらく横たわっていた。名前を呼んでも反応しない。動く気力も体力もないようで、便や尿は垂れ流しだった。
悲しい過去も、垣間見えた。寺谷さんが頭の近くに手を伸ばすと、耳を倒し、目をすぼめた。大好物のサツマイモを手のひらの上で差し出しても見向きもしない。床に置くと、人が見ていない時にかじりついた。
「人の手を怖がる。叩かれたり、虐待されたりしたトラウマがあるのかも」と感じた。
迎えてまず、動物病院で後ろ脚を診てもらった。レントゲンを撮ると、脊髄を損傷していたが、骨に異常はなかった。「若いので、リハビリをがんばれば歩けるようになるかもしれません」と獣医師は言った。
「実はセンターで注射を打ったとき、ぴくりと脚が動いたと聞いて。もしかしたら希望があるかもしれないと思っていたんです」
■「小さなことからコツコツと」
きよしのリハビリが始まった。毎週、兵庫県姫路市にある設備が整った病院に通う。水中での歩行訓練が主なメニュー。初めは水に入るのを嫌がった。「世の中にうんざりしているというか、何をやっても無駄というような雰囲気で…」。2カ月ほど意欲を見せない時期もあった。
スタッフに支えられながら、リハビリを週1回から2回にした。少しずつ筋肉が戻り始めた。体重は10キロから13キロほどに増えた。
今では、ウオーキングマシンの上で懸命に脚を動かす。「きよし」と呼ぶと、後ろ脚を引きずって駆け寄ってくるようにもなった。
犬用の車いす使えば、散歩もできる。慣れるまではしんどそうだったが、次第に足取りが軽くなり、舌を出しながらうれしそうに前脚で地面を蹴る。
階段も、ガシャンガシャンと音を立てながら物おじせずに下りられる。ボランティアのドッグマッサージを受けると、気持ち良さそう目尻を下げる。
でも、寺谷さんは車いすを「最後の手段」だと考える。今年に入ってリハビリの成果が出始めた。床に滑りにくいマットを敷くと、足取りはおぼつかないながらも、数歩なら4本の脚で立ち、歩くことができるようになった。
努力を重ねるきよしの姿を会員制交流サイト(SNS)で公開した。「うれしくて涙が出る」「すごい!応援してるよ」。多くのコメントが寄せられた。
「名前の通り、西川きよしさんがよく言うように小さなことからコツコツとがんばっているんですよね。本当にあの時、見捨てなくてよかった」
■小4の息子が描いた絵で
「きよしはたまたま私たちが助けることができたけど、殺処分されるケースがほとんど。その現状や、動物の命に対する責任について、幼い頃から知ってほしい」。きよしの物語を絵本にしようと決めた。
出版資金をインターネット上で募ると、目標の150万円を3日で達成し、最終的に300万円以上が寄せられた。絵は、柏木さんの小学4年の息子、彪志君が描いた。
寺田さんは「殺処分の寸前だったきよしがあきらめずに歩こうとする姿に、私たちも勇気をもらう。誰でも心が折れそうになることがある。この本で希望を届けたい」と語る。
絵本は21センチ四方、32ページ。税込み1650円。オンラインやMOKOん家、県内の一部のジュンク堂書店などで購入できる。寺谷さんTEL090・3849・7230
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