3歳と1歳で亡くなったわが子の思い出を振り返る柴田昭夫さん(左)と妻のやす子さん=17日午前6時45分、東遊園地(撮影・中西幸大)
3歳と1歳で亡くなったわが子の思い出を振り返る柴田昭夫さん(左)と妻のやす子さん=17日午前6時45分、東遊園地(撮影・中西幸大)

 一度でいいから会いたい、声を聞きたい-。阪神・淡路大震災でかけがえのない存在を失った人たちが17日、神戸・三宮の東遊園地で祈りをささげた。31年がたっても癒えない寂しさ。だからこそ、誓う。あなたのことを、決して忘れないと。

 朝昼晩食卓を囲むたびに、2人の誕生日が来るたびに、寂しさが募る。31年がたった今も変わらない。「子どもが、3人から1人になったからね」

 神戸市長田区松野通の柴田昭夫さん(77)、やす子さん(62)夫妻は、東遊園地で午前5時46分を迎えた。当時3歳の次男宏亮ちゃんと、1歳だった三男知幸ちゃんの遺影を携えて目を閉じる。

 しっかり者だった宏亮ちゃん。4歳上の長男がよく行くたこ焼き店で「兄がお世話になってました」と丁重なあいさつを披露して驚かせた。

 知幸ちゃんは、生後8カ月くらいで歩き始め、1歳を過ぎるとかけっこが得意に。「三男が次男に手を出して、次男がじっと我慢する、みたいなことがよくありました」。夫妻が、穏やかな表情でほほ笑み合う。

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 一家が住んでいたのは、同市長田区海運町にあった木造2階建て文化住宅の1階。激震で全壊し、並んで寝ていた5人は、崩れ落ちてきた2階の下敷きになった。

 昭夫さんは、隣にいた長男を引き寄せて無事を確認した。苦しそうにうなる宏亮ちゃんの反応が薄くなっていく。知幸ちゃんの声は、一度も聞こえなかった。

 夫妻そろって「はよ助けて」と声を上げる。「シュー」とガスが漏れ出す音が聞こえてくる。祈りながら助けを待った。

 同市北区から親族が駆け付け、午前9時ごろに昭夫さんと長男が、昼すぎにやす子さんが救出された。だが、宏亮ちゃんと知幸ちゃんが見つからない。火の手が回り、その場を離れるしかなかった。

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 3人の息子が公園で走り回る姿を見たかった。立派に成長して、みんなで飲みにも行きたかった。

 家族5人で過ごした時間は、わずか1年余り。その短さは夫妻の心残りであり、かなえられなかった願いが光景とともに浮かんでくる。

 昭夫さんが、知幸ちゃんの遺影を見つめる。1歳で亡くなったため、写真そのものが少なく、ほとんどが焼けた。この1枚は、やす子さんに抱えられた集合写真を引き伸ばしたものという。やす子さんが、優しく語りかける。

 「3人とも元気やで、いつも見とってや」

 竹灯籠の明かりに囲まれ、時折笑みも浮かべながら2人を懐かしむ夫妻。自宅でも、思い出話でしょっちゅう盛り上がる。だが、31年前のあの日に触れることはない。

 淡々と語ってきた昭夫さんが、声を落としてつぶやいた。「なるべく、震災のことは忘れようとしているのかもしれないな」(中村有沙)