三輪小学校内で機銃掃射を受けて児童が亡くなったことを話すサンピースの大向勲理事長(左から2人目)=三田市三輪1
三輪小学校内で機銃掃射を受けて児童が亡くなったことを話すサンピースの大向勲理事長(左から2人目)=三田市三輪1

 太平洋戦争末期の1945(昭和20)年7月19日、三輪国民学校(現・三輪小)の児童4人と成人女性の命を奪った三田空襲。それからちょうど80年の日、三田市の高校生や大学生ら約15人が、当時の子どもが米軍機の機銃掃射から逃げた道を歩いた。その体験者はすでに亡くなったが、証言を聞いた大人が若い世代とともに足跡をたどり、語り継いだ。(尾仲由莉)