あいさつ前に祭壇前に立つ遺族代表の武田眞理さん=17日午後0時17分、神戸市中央区下山手通4,兵庫県公館(撮影・中西幸大)
あいさつ前に祭壇前に立つ遺族代表の武田眞理さん=17日午後0時17分、神戸市中央区下山手通4,兵庫県公館(撮影・中西幸大)

■犠牲になった父からのメッセージ

 あの朝、子どもたちのお弁当を作っていた私は、突然の激しい揺れであっという間に足が冷蔵庫に挟まり動けなくなりました。関東大震災の生き残りだった祖父がいつも口にしていた「揺れたら火を消せ」の声が聞こえました。手を伸ばしガスを切った途端、体はがれきに埋もれました。

 暗闇の中をもがいて外に出たときに見たのは、跡形もないわが家と、割れた屋根の下でぼうぜんと娘を抱く主人の姿でした。父母と息子の姿はありませんが、名前を呼ぶと母と息子からは返事が。靴もないまま道路へ出て助けを呼んで、主人と駆けつけてくださった人々の手によって息子は生還し、母は土まみれながら助かりました。

 昼になり、変わり果てた姿で父が出てきました。前夜、いとこに電話をかけ、100歳まで生きると言っていた父の生涯は、67歳で終わりました。私は涙に枯れる間もなく、母は自責の念にかられ、恐怖に震える6歳と10歳の子どもたちをどう育て生きていくかで頭がいっぱいでした。

 子どもの発熱で葬儀にも出席できず、棺に手紙をいれたくてもメモもない私でしたが、父は一人犠牲になって家族を守り、それは私に強く生きろというメッセージに思えました。

 でも、悲しいことばかりではありません。いつもと同じ朝を迎えられる喜びを知り、行政や多くの方から支えていただきました。それらが前を向く原動力でした。大切な家族を心の準備もなく失いましたが、心の中で故人はいつまでも生き続けています。

 この30年、さまざまな自然災害がおこり、昨年能登を襲った地震は記憶に新しいです。同じような悲しみをもった人たちに心の平安が訪れることを願うとともに、命の大切さを伝えていきたいと思っています。