その光景はさながら、自民党候補のようだった。
衆院選が公示された1月27日、神戸市兵庫区の商店街前で、無所属で兵庫2区に立候補した元神戸市議、坊恭寿(やすなが)(58)の出陣式が開かれていた。
周囲にずらりと並んだのは、同僚だった自民の市議や県議ら。マイクを握った参院議員、加田裕之が聴衆に何度も念を押した。
「高市自民を前に進めるには、坊さんの力が必要だ」。選挙ポスターには、自民総裁で首相の高市早苗と笑顔で握手する坊の写真。しかし「自民党公認」の文字はない。兵庫で唯一、党本部が公認を見送った小選挙区が2区だった。
戦いの構図が変わるのは26年ぶり。きっかけは昨年秋、公明党の政権離脱だった。年が明け、衆院選が確実視されると、新党を結成する公明は小選挙区からの撤退を表明。これまで自民が2、8区で公明を、残る10選挙区で公明が自民を支援してきた選挙協力の解消を告げた。
自民は足元の兵庫、長田区で県議らが議席を失い、組織の弱体化が懸念されていた。ようやく訪れた失地回復の機会。「2区に自民の選択肢を」と、名乗りを上げたのが坊だった。
同じく手を挙げた県議とともに、党本部に公認を申請したが、答えはまさかの「両者見送り」。党選挙対策委員長の古屋圭司がその理由に挙げたのが、2区に前職阿部圭史(39)を擁立する日本維新の会からの「強い要請」だった。
連立与党とはいえ、維新との選挙協力はないはずだった。事実、維新候補がいる残り9選挙区は自民との直接対決となる。反発の声に、党県連は公示前日、独自判断で坊に推薦を出した。
ある自民議員は吐き捨てるように言った。「党利党略で2区を再び選挙協力の犠牲にするつもりか。選挙後、必ず禍根を残す」
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「維新と自民の連立合意書を立案したのがこの阿部さんです」。公示日の夕方、同市長田区の街頭演説で維新代表の吉村洋文が持ち上げ、続けた。「この選挙区で『与党』として立候補したのは阿部さんだけだ」























