「ピロンピロン。きんきゅう地震速ほうです。きんきゅう地震速ほうです」
2024年1月1日。ぼくは母の実家である福井県にいました。リビングにいたお父さん、お母さん、親せきたちのけいたい電話がいっせいになりひびき、かざってあった絵は大きくゆれました。ぼくと妹は初めて経験した大きな横ゆれに、こわくて体がかたまってしまいました。
お父さんが、「今のゆれは震度4くらいやな」と言いました。「なんで分かるん」と聞くと、「阪神・淡路大震災の時に何回も余震を経験したからなあ」と言い、震災当日の話をしてくれました。中学生だったお父さんは、最初、六甲山がふん火したと思ったそうです。家の中はぐちゃぐちゃになっていて、水そうも落ちてわれていたそうです。あわてて外に出てみると、道はひなんする人でいっぱい。すぐ近くにあった友だちのマンションは真っ二つにわれていたそうです。それを聞いて、ぼくはとてもこわくなりました。その後、お父さんのお父さんといっしょに車で10分くらいのおばあちゃんの家に向かったが、道がぐちゃぐちゃで時間がかかったこと、ついたら家がつぶれていたこと、おばあちゃんはきせき的にたんすのすき間から出てきたこと、「助けて」という声を聞いて近所の人を何人か引っぱり出したが、もうすでに亡くなっている人もいたことなどを聞きました。そんな大きな地震が今、近くで起こったらぼくはパニックになってしまうかもしれません。
学校でも震災のことを勉強しました。たくさんの人が亡くなったことや、命が助かった人もしえん物資が十分にもらえなかったり、ひなん所で大変な思いをしたりしたと知りました。地震はふせぐことはできません。けれどもそなえることはできます。自分や家ぞくの大切な命を守るために、家具を固定したり、食料や水をじゅんびしておいたりしたいと思います。
【受賞コメント】
学校で震災を勉強し、避難所も大変だったことを学んだ。これまで1月17日が近づくと、お父さんが震災の話をしてくれていた。作文を書くためにより詳しく聞いてみると、初めて聞く内容もあった。次の地震に備えて、おばあちゃんからも話を聞いてみたい。
(学年・学校はいずれも応募当時)






















