震災作文コンクールのちらし
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 「もしかしたら、私は生まれていなかったのかもしれない」

 私のお父さんは六才の時に、はん神あわじ大しん災にあいました。朝早く、ねている時にとつぜん地しんがおこりました。お父さんはおどろいて起きたけれど、どうすることもできなかったそうです。すると、目の前のタンスが、ガッタンゴットンとゆれて、お父さんにたおれて来ました。タンスはお父さんのギリギリ前でたおれたので、お父さんはタンスにつぶされないですみました。

 もし、もう少しタンスの近くでねていたら、お父さんはタンスの下じきになって死んでしまっていたかもしれません。そうなっていたら、私はこの世に生まれていなかったことになります。私はそれに気がついた時、おどろいて、ゾッと鳥はだが立ちました。話を聞く前、私は自分が体けんした地しんではないので、どこか遠い話のような気がしていました。

 しかし、自分の命とかかわっていると知って、実感がわき、とてもこわくなりました。

 地しんの後に外に出ると、地面が大きくギザギザにわれていたり、駅がつぶれていたそうです。地しんがおさまった後でも、われた地面に落ちるゆめを何度も見たそうです。お父さんはびっくりしたと言っていましたが、きっと、とてもこわい気持ちがかくれていて、ゆめに出てきたんだろう、と思いました。

 私はお父さんから、はん神あわじ大しん災の話を聞いて、今までよりも地しんがこわくなりました。自分の命とかかわっていること、もしかしたら、今、ここで起きるかもしれないことを知ったからです。地しんは人間にはふせげませんが、生きのびる対さくは今からでもできます。たとえば、家具をこ定することや飲み水や食べ物を用意するといった対さくは大切だと思いました。もっと対さくできないか考え、私から家族に話をしてみたいです。そして、学校の友だちにも地しんのこわさや今できる対さくを教えたいと思いました。

【受賞コメント】

 まだ私は大きな地震にあったことがないけど、ものが倒れて来たり、津波が来たりして怖い。地震のときに生き延びる対策として、私の部屋のたんすをストッパーで固定したい。固定したら、学校の友だちにも「やってみたら」と言ってみようと思う。

(学年・学校はいずれも応募当時)