米軍が太平洋に浮かぶマーシャル諸島ビキニ環礁で行った水爆実験が原因で故郷を追われた人々の生活をたどる企画展が、東京都立第五福竜丸展示館(江東区)で開かれている。核軍拡競争の再燃が懸念される中、担当者は「核兵器の被害を知った上で、社会の進むべき方向を考えてほしい」と訴える。
企画展は「子どもたちの未来のために」。22日まで。1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた水爆実験「ブラボー」の放射性物質にさらされた近隣の環礁の住民が無人島で新たな生活を築くまでを、写真や証言で追っている。
この環礁はビキニから東に約180キロ離れたロンゲラップ環礁。実験当時、82人が暮らしていた。直後に全員が米軍の船で別の環礁に移送され、3年後に米国の安全宣言を受けてロンゲラップに帰還。次第に甲状腺異常や死産の多発などの異変が相次ぐようになった。85年、約300人にまで増えた住民全員で無人島に移り住んだ。
狭い島で、食物となる植物も生えておらず、飢えに苦しんだ。現在は除染範囲が不十分などの理由で集団での再居住は実現していない。
























