東京電力福島第1原発の処理水を巡り、政府はきのうの関係閣僚会議で、海洋放出を24日に始めると決めた。安全性確保や風評被害対策に関し、岸田文雄首相は「処理水の処分が完了するまで政府として責任を持って取り組む」と表明した。

 漁業者は影響を懸念しており、会議に先立って岸田首相と面会した全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長は「反対であることは、いささかも変わりはない」と述べた。

 政府と東電は「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分もしない」と約束していた。政府の一方的な決定は、漁業者の理解がないままの強行にほかならない。

 処理水は、第1原発事故で溶けた核燃料(デブリ)を冷やす水などの汚染水を浄化したものだ。130万トン以上が敷地内の約千基のタンクで保管され、東電は来年2~6月に満杯になると試算する。放射性物質トリチウムは技術的に除去できないため、基準値の40分の1未満になるよう海水で薄め、海底トンネルを通じて1キロ沖から海洋放出する。

 岸田首相は、原発の廃炉を進めるには、海洋放出は先送りできない課題だと強調した。しかし福島の漁業は、ようやく2年前に本格操業への移行期間に入ったところだ。いまは9月の底引き網漁再開を控えた重要な時期でもある。東電の都合を優先し、放出を急いだ政府の姿勢に漁業者が反発するのは無理もない。

 肝心の廃炉で、東電は最難関のデブリ取り出しに難航している。今年中に作業を始める予定だが、総量約880トンのごく一部に過ぎない。デブリが取り出せない限り、汚染水がなくなることはない。東電には廃炉の見通しを示す責任がある。

 共同通信社が今月に実施した全国世論調査では、処理水放出で「風評被害が起きる」とした回答が88%に上った。安全性についての政府の説明に、国民の理解が進んでいないのは明らかだ。

 政府は、水産物の販路拡大、買い取りなどの風評被害対策に300億円、漁業継続支援に500億円の基金を設けた。岸田首相は漁業の継続について「必要な対策を取り続けることを約束する」と述べた。

 基金を創設して済む問題ではない。放出開始後も漁業者らの声に耳を傾けて対応を見直し、処理水の現状に関して国民や諸外国に丁寧に発信する努力が欠かせない。

 漁業者や消費者が最も望んでいるのは、近海で取れる魚介類への安心である。政府は海洋環境と魚介類の安全性の確認にあらゆる手段をつくすとともに、問題が見つかれば速やかに公表し、処分の方法を再検討してもらいたい。