自認する性で生きるために、体にメスを入れなくてはならないのか。その葛藤は想像を絶する。

 心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人などが戸籍上の性別を変更する際、生殖能力をなくす手術を事実上の要件としている性同一性障害特例法の規定が憲法に違反するかどうかが争われた家事審判で、最高裁大法廷は違憲と決定した。

 「現時点では合憲」とした2019年の最高裁決定を、裁判官15人全員一致で変更した。当事者の苦しみと社会の変化を司法が正面から認めた意味は大きい。国は要件を見直し、手術を受けなくても性別変更が可能な法改正を急ぐべきだ。

 04年施行の特例法は、生殖機能がないことや変更後の性別に近い性器の外観が備わっていることなどを要件とし、精巣や卵巣の除去手術が必要とされてきた。最高裁によると、特例法に基づき22年までに約1万2千人が性別を変更した。

 だが身体的、経済的な負担は大きくためらう人も多い。望まない手術を強いられるのは耐え難い人権侵害である。世界保健機関(WHO)などが14年に廃絶を求める声明を出し、海外では同種の規定を廃止する国が増えている。

 申立人は戸籍上は男性で、性自認が女性の社会人。女性ホルモン投与による生殖機能減退などを理由に手術なしでの性別変更を求めたが、家裁、高裁では認められなかった。

 決定は、規定が憲法13条の保障する「意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を制約すると指摘。19年の合憲判断で考慮した「手術せずに、変更前の生殖機能で子どもが生まれた場合に生じる混乱」は実際にはまれで、考慮の必要性は社会の理解で低減したと見解を改めた。

 ホルモン治療などで手術を受ける必要がない人にも、手術か性別変更断念かの二者択一を迫る現行制度の過酷さにも言及した。

 最高裁は今回、15人の裁判官が非公開で申立人の意見を直接聴く「審問」を家事審判で初めて実施した。当事者の苦悩に向き合い、健康と尊厳を優先した姿勢は評価できる。

 一方、外観要件については差し戻したため、申立人本人の性別変更は認められない。意に反して体にメスを入れる点で問題は一緒だろう。実態に沿った再審理が求められる。

 課題は残るが、新たな司法判断はより多くの当事者に性別変更の道を開くことになる。半面、トランスジェンダーのトイレ利用を懸念する声が上がるなど、社会の理解が深まったとは言い切れない動きもある。

 誰もが「心の性」のまま生きやすい社会を実現するために、一人一人が考えるきっかけにしたい。