政府は、少子化対策の具体的な政策と財源を盛り込んだ「こども未来戦略」を閣議決定した。

 「全ての子どもの育ちを社会全体で支える」との理念を掲げる。しかし、肝心の財源は、安定的な確保にほど遠い。国民負担についても、納得できる説明がないままである。これでは「支え合い」への理解は得られまい。

 政策メニューは多岐にわたる。児童手当は所得制限をなくし、支給期間を高校卒業まで延ばす。3人以上の子どもを育てる世帯を対象に、大学授業料を無償化する。家計が苦しいひとり親世帯には、児童扶養手当を拡充する。

 2024~26年度の3年間を対策の集中期間と位置付け、必要な追加財源を年3・6兆円程度とした。既存予算の活用に加え、医療や介護といった社会保障の歳出削減、国民から幅広く集める「支援金」制度の創設で賄う方針だ。

 支援金は、現役世代や高齢者の公的医療保険料に上乗せして26年度から徴収する。28年度までに年1兆円を確保するという。個人の負担額は所得などによって異なるが、具体的な額は明らかにしていない。

 国民に負担を求めるにもかかわらず、岸田文雄首相は「実質的な負担はゼロ」の一点張りだ。

 政府の理屈はこうである。医療と介護の歳出改革で保険料の伸びを抑える。そこに企業の賃上げを加味すれば、所得に占める国民の社会保障の負担割合が減り、支援金の負担分が相殺される-。

 確たる保証がない民間の賃上げを前提にするなど、あまりに乱暴な筋立てではないか。しかも、財源に不足が生じれば、借金である「こども特例公債」で穴埋めするという。将来世代にさらなるつけを回すことになりかねず、少子化対策の理念に逆行する。

 そもそも、医療保険は病気のリスクに備えて被保険者がお金を出し合って助け合う仕組みである。少子化対策に使うのは筋違いと言える。加入する保険や年齢、職種などで支援金は幅が生じるとみられ、国民に分かりにくいだけでなく公平な負担とも言い難い。

 負担増のイメージを回避しようとすればするほど、不信を招き、政策を巡る議論を危うくしかねない。首相にその自覚はあるのだろうか。

 少子化対策は長い目で見れば、全ての国民が受益者となる。社会全体で負担を分かち合い、持続可能な仕組みとする必要がある。政府は税金で賄う方法を選択肢に入れて、再度検討するべきだ。出産、育児に対して若い世代が安心感を持ててこその政策である。