日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収は、計画発表から1年半に及ぶ紆余(うよ)曲折を経て実現することになった。トランプ米大統領が承認した。
民間企業同士が合意した買収計画に、2024年の大統領選が絡んで新旧の大統領が反対し、政治問題化する異例の展開をたどった。厳しい交渉を経て、日鉄は当初予定通りUSスチールを完全子会社化する。
決着自体は評価できる。しかし、合理的な根拠を示さず安全保障上のリスクを理由に買収禁止命令を出すなどした米国の行動は、同盟関係にある日米の企業経営への不当な介入にほかならない。米政府はもっと早く転換するべきだった。
交渉の土壇場になってトランプ政権は買収承認の条件として日鉄と米政府との「国家安全保障協定」の締結を提示した。協定には経営の重要事項に関する決定を拒否できる「黄金株」を米政府に付与することが含まれる。日鉄はこれを受け入れた。
現時点で協定の詳細は明らかにされていないが、USスチールの取締役の過半数を米国籍とすることなど、これまでに日鉄が示した譲歩策も盛り込まれているようだ。
黄金株の保有で米政府は経営に強い権限を行使できるようになった。自国民に対して、米国がUSスチールを「実質支配」できるように印象づける狙いもあろう。一方で経営に過度に介入すれば、USスチールの再建や成長の足かせになりかねないことを肝に銘じてもらいたい。
かつて世界最大の粗鋼生産量を誇り、米国を象徴する企業であるUSスチールだけに、外資による買収に抵抗感を持つ米国民は少なくない。日鉄は国民感情にも配慮しながらの難しいかじ取りを迫られよう。
交渉の長期化で日鉄の投資は当初計画より巨額になった。約2兆円で株式を取得するのに加え、28年までに老朽化した生産設備の更新や研究開発などに約1・6兆円を投じる。負担に見合うリターンが得られるか、成否が問われる。
日鉄がUSスチールの完全子会社化にこだわったのは、成長するには海外に打って出ざるを得ないとの認識からだ。米国は日鉄が得意とする自動車向けなどの高級鋼の最大需要国であり、今後も伸びが見込まれる。現地生産による市場進出は悲願だった。海外での収益を日本に還流させることが重要になる。
日本政府内には今回の買収承認が米国との関税交渉でプラス材料になるとの見方もあるようだが、楽観に過ぎるだろう。トランプ政権の理不尽な関税措置は受け入れられない。日本はあくまでも撤回を求め、交渉に全力を尽くさねばならない。