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 軸足の定まらない仲介は事態を悪化させるだけだ。トランプ米大統領は欧州各国と連携し、侵略国に利益を与えない対応に回帰すべきだ。

 ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、米国が先月、28項目からなる和平案を提示した。

 ウクライナが保持する地域を含む東部のドネツク、ルハンスク両州の全域をロシアに割譲し、2014年に一方的に併合されたクリミア半島と合わせロシア領と認める内容だ。

 さらに戦後はウクライナ軍の大幅削減を求め、北大西洋条約機構(NATO)への加盟も禁じる。侵略された国の主権をないがしろにし、事実上の降伏を迫るものであり、ウクライナが受け入れるはずはない。

 トランプ氏は8月、当事者国の首脳会談を仲介し和平を目指す方針を打ち出し、国際社会に期待を抱かせた。プーチン大統領の強硬姿勢で頓挫すると「全ての領土を取り戻す立場にある」とウクライナに肩入れする発言をした。ロシアへの制裁にもたびたび言及してきた。

 だが今回の和平案は、ロシアの要求を米国が受け入れたに等しい。

 欧州各国はすぐさま修正協議を仲介し、ウクライナとともに対案を示した。米国も修正案を作成したが、中にはウクライナ軍がドネツク州の前線から撤退し、自由経済地域とする内容も含まれる。ロシア軍には撤退を求めず、ゼレンスキー大統領が「公平性を欠く」と強く反発するのは当然である。

 トランプ氏がロシアに極めて有利な和平案を提示したことで、ウクライナにとって交渉は一層厳しさを増している。トランプ氏は武器供与停止を示唆しながら、ウクライナに大幅な妥協を迫っているとされる。

 しかし、国際法違反の侵攻や残虐行為に及んだロシアの戦果を認めれば、国際秩序は崩壊しかねない。

 トランプ氏が和平実現に前のめりなのは、来年の米中間選挙での勝利や、ノーベル平和賞の受賞につなげる狙いがあると指摘される。であればなおのこと、侵略国の肩を持つような無分別が許されるわけがない。

 和平案では主に欧州で凍結されたロシア資産をウクライナ復興事業に投じ、米国が利益の半分を得る計画や米ロの合弁事業も構想する。悲惨な侵略戦争を自国の経済的利益につなげようとする姿勢にはあきれる。

 一方で、ウクライナの国内事情も情勢悪化に拍車をかけている。

 国営原子力企業を巡る巨額汚職事件が発覚し、ゼレンスキー氏は米国との交渉に当たってきた大統領府長官らを解任した。国民や国際社会の支持を得るためにも不信や不安を払拭し、ロシアと対峙(たいじ)できる体制を再構築しなければならない。