尼崎JR脱線事故
神戸駅係長の森敬一朗(40)。JR史上最悪の事故を起こしたのは、同期入社の運転士だった。
2005年4月25日午前。実家のテレビで脱線事故の発生を知った。入社以来憧れた運転士になって9カ月目。大破している車両は、いつも運転する207系だった。「いったい何が…」。当日も翌日も、テレビにくぎ付けになった。
「会社、つぶれるかもね」
母から食事中に言われ、箸を持つ手が止まった。とりたてて鉄道に興味があったわけではなく、安定した就職先として選んだJR西日本。つぶれるなんて想像したこともなかった。
電車を動かす運転士は言うまでもなく、鉄道会社の花形だ。最初は改札係、車掌として勤務しながら社内の試験に合格し、同じように目指した同期たちに1年遅れて、ようやくなれた。
事故の2日後、勤務先の明石電車区へ出社した。若手の運転士が多く、和やかで活気のあった職場は、一変して重苦しい雰囲気になっていた。「運転士のスピード超過が原因か」という報道が流れていた。
その日、最初に乗った西明石発上り普通電車のハンドルを握るとき、手が震えたのを忘れられない。12両編成の新快速なら約2千人の命を乗せる。その重みが、背中にのしかかった。
一方で、事故を境に急速に、心境が変化していくのが分かった。「生涯ずっと運転士で」との思いがしぼんでいく。ただ、逃げたくなったのではない。
事故を起こした高見隆二郎運転士は2000年入社の同期だった。職場は違い顔も知らないが、同じ世代の運転士が個人で責任を負う問題ではないと強く思うようになった。
「組織に安全文化を根づかせる仕事がしたい。それは、自分たちがしなくてはいけない」
係長になれば、若手に事故の教訓を伝え、安全への取り組みも提案しやすくなる。3年後、係長の登竜門となる研修を受け、運転士の職務を離れた。
今年1月、JR神戸駅。駅務室で、20代の社員にさりげなく尋ねた。
「あの事件、どう思った?」。社員が答える。「怖いです。もし遭遇したら体が固まってしまって、ちゃんと対応できるか…」
話題にしたのは昨秋、東京・京王電鉄で刃物を持った男が乗客を刺し、車内に放火した事件だ。17人が重軽傷を負った。
「すぐ備えよう。お客さまをけがなく退避させるのも使命だ」。20~40代の駅員5人でチームを結成し、初動マニュアル作成に乗り出した。夏ごろに完成させ、訓練もする予定だ。
他にも非常時にホーム柵をすぐ開けられるよう、操作ボタンの場所に目印をつけた。車いすの乗降介助で事故が起きないよう、動画教材をつくってリスクを共有した。同僚との対話から生まれた安全へのアイデアを次々と形にしていく手応えを今、感じている。(山岸洋介)
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