尼崎JR脱線事故
神戸支社企画総務課の瀧上太輔(33)。JR西の運転士だった兄を追い、運転士になるのが夢だった。
脱線事故から何日過ぎた頃だったろう。夕食後のテーブルで、父と兄が向き合っていた。
運転士のスピード超過や車掌との口裏合わせ、JR西日本の体質の問題などが次々とあらわになり、風当たりは激しさを増していた。兄はこれまでにないほど、やつれていた。
「大丈夫か?」。心配そうに問う父に、兄は「この仕事をする以上、逃げちゃいけない。安全を最優先にハンドルを持たないといけない」と話し、「僕は、続けるよ」と答えた。
表情は見えなかった。だがその言葉に、一度は揺らいだ夢への気持ちが、よみがえった。「自分も一緒に頑張ろう」。高校卒業後の2007年4月、JR西に入社し、新入社員研修で事故現場のマンションの壁に残る傷を見た。
「初めて、全てがつながった気がした」
結局、運転士にはなれなかった。適性検査で不合格になったからだ。努力しても乗り越えられない体質の壁がある。ショックだったが、同時に命を預かる仕事の厳しさも思い知った。
だから「駅員として安全を守ろう」と決めた。目の前には毎日乗客が行き交い、障害者やベビーカーの利用者ら補助が必要な人も。
ホームでは、母親に手をつながれた小さな子どもが、到着する電車を何本も見つめ、見送る。「いっぱい信号があるけど、どれが電車の信号?」「車掌さんはなんで指を何回もさすの?」。質問に答えたいと、運転士や車掌たちに聞き、勉強した。
一方で、乗客がホームから線路に転落して亡くなったり、負傷したりする事故も各地で相次ぐ。改札にいて「人が線路に落ちた」「点字ブロックの所でうずくまっている」などの連絡を受け、電車を止める非常停止ボタンを押したことも一度や二度ではない。
「うちの会社は悲惨な事故を起こしてしまったけれど、お客さまや子どもたちの笑顔に救われてきた。それを守らなければ」。駅もまた、命を預かる現場だった。
昨年5月、事故現場に近い立花駅の勤務になった。
JR西では、脱線事故以来、毎月25日を「安全の日」と定めて研修を続ける。だが、新型コロナ禍で思うように集まれない。事故から15年以上過ぎ、事故を知らない若手も増えていた。
「後輩に尋ねられたとき、本当に自分の言葉で伝えられるのか」。自然と、事故現場に設けられた「祈りの杜」に向かっていた。
黙とうし、手を合わせる。18歳で社員になり初めて訪れた現場で、17年前の衝撃と兄の背中がよみがえる。自らも父になり、遺族の苦しみが我がこととして胸に迫ってきた。気付けば、毎月通うようになった。総務部門で働く今も続け、来月で1年になる。
事故から17年を迎えた4月25日、六甲道駅で、朝の点呼の際に若手社員らに、事故を忘れないための自分の取り組みを話した。「心に刻む、安全を徹底する、という決意だけじゃなく、何か一つでも具体的に行動してほしい」。祈りの杜へは一生通い続けると決めている。後に続いてくれる若手が増えれば、遺族や被害者へも寄り添えるのではないか。そう願う。
(広畑千春)
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