尼崎JR脱線事故
運転士、高橋雄貴(30)。父は事故現場の救助活動に携わった警察官だった。
計器類に囲まれた小さなイスに座った瞬間、目の色が変わる。スピード計や時間を確認して指をさす。
「前方、良し!」
兵庫県姫路市の「姫路列車区」にある運転シミュレーター。脱線事故後、JR西日本で本格導入され、沿線の走行景色だけでなく、衝突時の揺れまで多様な状況をリアルに再現できる。
ビー!。警報音が鳴ると「異常!」と声に出してブレーキを掛ける。何が起きたかを車掌役と共有し、次に取るべき行動を考える。
「安全運転で最も必要なことの一つは、電車を迷わず止めること」。そのために訓練で失敗を経験し、自分の弱点を洗い出す。普段から頭の中でもシミュレーションを続けている。
高校2年の時、旅行や乗り物が好きで、通学に使うJR西に興味が湧いた。ただ事故は中学時代にテレビ越しでしか知らない。事故自体は覚えているが、JR西が起こしたというイメージは強くなかった。
家で就職希望を打ち明けると、両親は猛反対。特に父親は救助現場の悲惨さを目の当たりにしていて、強い口調で言われた。
「当時に社員じゃなかったとしても、その企業に就職すれば、事故の責任を背負わないといけないということだぞ」
確かにそうだと思った。と同時に「自分が入社して少しでも組織を安全にしたい」という思いがぼんやりとわき上がった。
2017年、入社7年目で運転士になる。実際に乗務すると、運転には常に不安が伴うことを知った。研修で言われ続けたのは「電車は止まっている時が一番安全」ということだった。
新人の頃は数秒の遅れが気になる。数百人が乗っている電車を遅らせてしまうのか…。他の電車にも影響が出るのでは…。
ある時、踏切内に高齢の女性が入ってきた。とっさにブレーキを掛けて接触は免れたが、電車を止めるのがこんなに勇気のいることなのかと痛感した。「もし迷っていたら…」と考えてゾッとした。
もちろん人間である以上、ミスの可能性はゼロではない。それを少しでも排除するために何ができるか。そんな時に父の言葉が頭をよぎる。
「自分の責任とは何か」
運転士として4年目で、脱線事故を学ぶ研修の講師に推薦された。シナリオに目を通しつつ「もっと分かりやすく伝えたい」と事故の調査報告書を読み込んだ。
日勤教育や、自動列車停止装置(ATS)の未設置…。今では信じられない当時の状況を知り、知らなければ伝えられない、経験していない自分たちは深く知るしかないと実感した。
最近、運転で迷った時のことを同僚の前で隠さず話すようにしている。「恥ずかしくても、それが気付きになってミスが防げる」
今日も電車内にはスーツ姿で寝る大人や、赤ちゃんを抱く母親がいる。運転席の後ろで、子どもたちが窓の景色を眺めてはしゃいでいる声がうっすらと聞こえる。改めて、気を引き締める。(村上貴浩)
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