夏の風物詩といえば花火大会です。夜空を彩る花火は、誰と見るかによってその輝きがまったく違うものに感じられます。理想とは裏腹に、現実がじわじわと心を蝕むこともあります。義母を誘った花火大会で訪れた無の境地、そして夫婦ふたりきりで向かった花火大会で感じた空虚感。その一夜には、人生の喜怒哀楽と「悟り」のすべてが詰まっていました。
■花火大会は家族団らんの象徴…のはずが
▽埼玉県在住・Oさん(40代)
「来週の花火大会、母さんも誘う?」
夫がそう提案したとき、Oさんは正直、ためらいました。隣県に住んでいる義母は嫌いではありませんが、表裏のない性格のため、周囲にお構いなしで思ったことを口にするタイプです。しかし、たまには孫と一緒に楽しむのも良いかもしれないと思い直し、Oさんは4歳の息子、夫、そして義母の4人で花火大会に出かけることにしました。
花火大会の会場は近所の河川敷で、土手を徒歩で向かう必要がありました。出発してすぐOさんの心配は的中。家族みんなで楽しくすごせるのではないかとの期待は音を立てて崩れていきました。
「人が多すぎるわ」「暑すぎるわ」
やっと会場に到着し、いよいよ花火が打ち上がると、続く義母の不満が始まります。
「人が多すぎるわ」「暑すぎるわ」
やっと会場に到着し、いよいよ花火が打ちあがるのですが、続く義母の不満。
「虫が多すぎる」「足が疲れた」「近すぎて音がうるさい」「暑すぎるわ」
美しい花火の轟音にかき消されることなく、義母の不平はしっかりと耳に届きました。周囲の人々が歓声を上げるたびに顔をしかめる義母。そして隣で義母に気を遣う夫の姿が視界に入りました。せっかくの夏の風物詩が、Oさんにはまるで苦行のように感じられたのです。
夜空を彩る美しい花火。その輝きを見上げながら、Oさんは悟ります。「なぜ私はこの人と夜空を見上げているのだろう」。周囲の人々が「わあっ」と歓声を上げるなか、Oさんは無の境地に達し、花火の炸裂音が遠い世界の出来事のように思えました。
帰り道もまた試練でした。人混みに疲れ果てた義母は「もう二度と来ないわ」と言い放ち、夫は「せっかく誘ったのに」と小声でため息。息子は疲れて寝落ちし、Oさんは息子をおんぶして全身汗だくになりながら、来年は絶対に義母を誘わないと心に誓ったのです。
■久々の夫婦デートも理想と現実の狭間で
▽東京都在住・Uさん(50代)
Uさん夫婦の一番下の子どもが中学生となり、部活の合宿で不在となった夜、毎年恒例の花火大会が開催されました。久々に夫婦ふたりきりの時間ができ、「久々に花火でも見に行こうか」と話すと、夫も珍しく同意し、Uさんは気合を入れて準備をしました。お気に入りのワンピースに軽く巻いた髪。日焼け止めを塗り直し、いつもより丁寧にメイクを仕上げ、久々のデート気分で玄関を出ようとしました。
しかし、玄関先で待っていた夫を見た瞬間、すべての気合が崩壊しました。
寝ぐせのついた髪、よれよれのTシャツ、くたびれた短パン。
「え?…その格好で行くつもりなの?」
ダルダルの部屋着にビーチサンダル、寝起きのような姿に、Uさんの胸の中のときめきは一気に霧散していきました。
会場に着くと、そこは人、人、人。Uさん夫婦はなんとか会場近くまでたどり着き、ビルの隙間から夜空を見上げました。目の前に広がるのは、25年前に結婚する前のふたりで見たあの花火と同じ光景。しかし、隣を見ると夫はスマホをいじりながら「おお、きれいだね」と棒読みでつぶやくだけでした。
Uさんは、花火を見る夫の横顔をそっと盗み見ました。スマホの光に照らされた夫の顔は、ダルダルの部屋着のように垂れた頬。「昔はもう少しイケてたはずだったのに」と、完全に現実に引き戻され、夜空を彩る花火とは別の次元にいるような感覚に包まれました。あれから25年。理想と現実のギャップを痛感しました。
そして帰り道。駅まで続く長蛇の列、そして乗り込んだ超満員電車。夫婦無言のまま、人の流れに合わせて歩くだけの時間が、ひどく長く感じられました。
■人生の喜怒哀楽を静かに映し出す花火大会
人生の喜怒哀楽を静かに映し出すかのうような花火大会。苦いエピソードありますか?
▽東京都・40代
大学1年の頃、初めて付き合った彼氏と隅田川の花火大会に行きましたが、人が多くて花火の音だけ聞こえて全然見えないし、花火の方向に進もうとしても全然進まないし、おろしたてのサンダルを履いて足は痛いし、その後彼氏と喧嘩になった思い出があります。隅田川の花火には、二度といかないと誓いました。
▽東京都・50代
都内の野球場で行われる恒例の花火大会。付き合いがまだ浅いママ友から「うちのマンションから花火みえるよ」と言われ訪れた高級タワーマンション。数名の友人と家族が誘われ私は1歳の娘を連れて行ったのですが、そのママ友のマンションは都内の一等地にあり、花火を見るには抜群なロケーションだったのですが、花火よりそのマンションがすごすぎて部屋のインテリアや家具ばかり見てしました。
▽千葉県・30代
友達4人で行った花火大会。場所取り係を任された私はレジャーシート片手に場所の開放時間に奮闘。炎天下で花火開始まで数時間待ち、やっとみんなが合流して乾杯した瞬間、突然の雷雨。ずぶ濡れでレジャーシートも荷物も泥だらけになり、花火は中止。帰りの電車では冷房で体が冷え、全員無言。頑張った自分へのご褒美に買ったコンビニスイーツだけが心の支えになった夜でした。
▽栃木県・30代
家族で花火大会へ行ったのですが、シートを広げて場所を取り、屋台でかき氷やフランクフルトを買って戻ると、シートがない。誰かに撤去され、荷物ごと隅に寄せられていたんです。近くの人に問いただすと「居ないから移動した」とのこと。子どもたちは泣き出し、私は必死でなだめながら端っこで立ち見。夜空の花火はきれいだったけれど、胸の奥はざらざらと怒りでいっぱいでした。
(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)