ギネス世界記録は、今や「世界一」の記録認定で最も権威があるものと言っても過言ではないだろう。現在、ロンドンに本社を置き、ニューヨーク、東京、北京、ドバイにオフィスがある世界的なブランドへと成長。書籍のみならず、テレビ、デジタルプラットフォーム、イベントなどあらゆるメディアを通じて、世界一の情報を発信している。
その世界一を審査するのが公式認定員だが、どのような人物が務めているのだろうか。ギネスワールドレコーズジャパン株式会社で記録管理部長の職にあるマクミラン舞さんに話を伺った。
■数カ月間に及ぶトレーニングを経て公式認定員として独り立ち
ギネス世界記録の公式認定員は、挑戦の瞬間に立ち会い、その達成を審査する専門職だ。厳密な基準に基づいて認定に至るまでには、挑戦者と事前の準備を入念に行い、当日の審査、公式認定証の授与まで、多くの役割と責任が伴う。
マクミランさんが公式認定員を志したのは、たまたま立ち寄った記録挑戦会場で公式認定員の仕事を目の当たりにしたのがきっかけだった。自分も記録挑戦の現場に立ち会いたいと考えるようになったという。
ギネス世界記録の公式認定員になるには、通常の就職活動と同じく募集が告知されたタイミングで応募する。
「採用試験の内容は、世界一として認められる基準についての理解や、記録になり得るかの判断力を試されます。また、ステージプレゼンスも必要なので、スクリプトを読んで、発言力やプレゼンスがあるかも見られます。一般教養の試験はなく、どちらかというとセンスを見られるような試験内容です」
また、記録のルールはすべて英語で書かれているため、その文書を理解して伝える英語力も求められる。
1回あたりの募集人数は多くなく、退職者が出たり必要が生じたりしたときに欠員を補充する程度だという。
「認定員になると長く続ける人が多いため、一度に多くの人を採用することはあまりありません」
マクミランさんは教育関係の仕事からの転職で、2013年に採用された。
入社後に待っていたのが、数カ月に及ぶトレーニングだった。ギネス世界記録の理念やルールを学ぶ座学のほか、先輩が担当する現場に同行して、実地での判断力や対応力を鍛えられる。最終的には、すべての行程を1人で担えるようになってようやく正式な認定員として認められる。
「認定によっては、数カ月前から準備が始まります。挑戦者や関係者と連携しながら、計測方法や証拠の準備、当日の流れまでを詰めていきます。当日はマルチタスクの連続で、記録の確認からメディア対応まで1人でこなします」
日本に10人いる公式認定員は、人によっては年間50件ほどの記録を審査する。それぞれに綿密な準備を伴うため、日常業務は多忙を極めるそうだ。
■印象に残る挑戦の記憶
マクミランさんがこれまでに立ち会った認定は、約400件に上る。中でも特に印象に残っているのが、2014年に盛岡の「さんさ踊り」で行われた和太鼓の同時演奏の記録だという。
「3437人が一斉に太鼓を叩く音の迫力は、体が震えるほどでした。子供からお年寄りまでが一体となって挑戦する姿は、本当に感動的でした」
また、その人の生き方に敬意を抱いた記録もある。今年3月5日に、最高齢の現役理容師として108歳115日の記録を認定された栃木県在住の箱石シツイさんだ。
「一緒に開業した旦那さんが戦死した後、理容師を続けながら1人で子供を育て上げたそうです。彼女自身は小柄な方で、どこにパワーがあるんだろうって感じながらお話を伺っていたのですが、お話の端々に出てくるストーリーの中で、パワーの源を感じ取ることができて強く心を打たれました」
これまで数々の挑戦を審査してきた中で、心情的には認めてあげたいけれど認定できなかった挑戦もあるのだろうか。
「どの挑戦者も応援していますが、条件を満たさない場合は認定できません。そんなルールの厳正さが、ギネス世界記録の信頼性につながっているのです」
準備期間から挑戦者と関わって努力を知っているからといって、「オマケしておいてあげよう」は絶対にないとのこと。
■世界記録は「挑戦してこそ」見える景色がある
ギネス世界記録の認定基準は「証明できること」「破ることができること」「数字で表せること」「標準化できること」の4つ。公式認定員が必ず1人で審査するわけではなく、計測のために専門の知識や技能を要する場合は有資格者のサポートを受けることもある。
「たとえば、モザイク画の大きさで世界一の面積に挑戦されたときは、測量士を呼んで正確に計測しました」
1955年に、スポーツクラブの階上にある一室で世界一をまとめた書籍として産声をあげたギネス世界記録は、2025年で70周年を迎える。現在、ロンドンにある本社のほか、ニューヨーク、東京、北京、ドバイにオフィスを置き、約80人の公式認定員がいる。
「今年70周年となるギネス世界記録は、日本の元女子レスリング選手、吉田沙保里氏に『ギネス世界記録 ICON(アイコン)』認定証をお渡ししました。これは、世界記録の達成により、分野の枠を超え、世界中に刺激を与えてきた人々を称したものです」
そんな節目に、マクミランさんはこう語る。
「世界記録は、読むのも見るのも楽しいです。でも、挑戦してこそ見える景色があります。世界一は遠い存在ではありません。自分の得意なことを突き詰めれば、きっと届く場所があると思います」
ギネス世界記録70周年のメッセージである「Be part of it(それに参加しよう)」は、ただ傍観するのではなく、自ら挑戦する人を歓迎する呼びかけだ。世界記録は、誰かの夢が叶う瞬間であり、誰にでも開かれている道だという。
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)