元セクシー女優のフリーライター・たかなし亜妖
元セクシー女優のフリーライター・たかなし亜妖

一般企業での仕事と同様に、ホストクラブやキャバクラ、オトナのお店などの夜職でも待遇の差は必ずあります。お給料面はもちろんのこと、働く環境も大幅に異なりますし、スタッフの対応が雲泥の差など一般常識ではありえないことが起きるのも日常茶飯事。高いお店だから待遇が良く、安いお店だから悪いとも限りません。飲み屋も風俗店も基本的には「店ガチャ」と言えましょう(笑)

そもそも、昔の風俗店は店員の立場が上でキャストが格下扱いと、決して優しい世界ではありませんでした。稼げるぶん「雇ってあげている」と強気な姿勢で、女性ファーストなど程遠い状態です。現在でも、昔ながらの気質が抜けていないところは店員が高圧的で、おまけに待遇も劣悪なんだとか。

筆者が話を聞いたのは、某エリアで「墓場」と呼ばれる老舗店に勤めるA子さん(45歳)。そんないわくつきのお店で働き続けているのでしょうか。

■「墓場」は環境も人間関係も、稼ぎもやばかった

まず墓場呼ばわりされる某店の話を聞くと、「確かに若い人や稼ぐ力を持つキャストはまず勤務しないであろう」という状態でした。情報が多いため、“墓場ポイント”を箇条書きで挙げてみます。

・新人は高確率でお局の“洗礼”を受ける
・バックは店と折半(60分手取り6000円~から)
・備品は全て自分で用意
・在籍女性の年齢層は40代後半から70代くらいまで
・月雑費という在籍金1万円が毎月必要

つまり非常に低い手取りでハードサービスを提供し、人間関係に耐えつつ、出費もそれなりに多いということ。備品はお店に最低限しか置かれておらず、ティッシュなどもキャスト持ちなのは驚きです。

「お店に備品がほぼないのに、出勤するとお給料から雑費を引かれますよ(苦笑)在籍金を月末に1万円払わなきゃならないし、病気の検査も割引なしで全て自費。在籍金が1本分のバックよりも高いから、意外とこれが痛い出費なんですよね」

お客さんを1人接客しても、手取りは1万円に届きません。ここから雑費を引かれてしまうとお給料はかなりの激安、このお店では5万円稼ぐのもひと苦労かも……。

さらに昔ながらの“お局さん”が幅を利かせる悪い風習が残っているため、新人はほぼ確実にいじめられるとA子さんは言いました。

「一定の期間は新人優先で客をつけるので、誰かが入ってくるたびに古株たちが文句を言うのです。入ってくる新人に次々とケチをつけるから標的が短期間で変わるんですけど、耐えられなくてやめる子が続出。私も入店したての頃、面と向かって文句を言われたり、“タバコ買いに行ってこい”とか、しょうもないイジメに遭いましたよ」

■それでも「墓場」にしがみつく理由

どう考えても劣悪な職場でしかなく、働くメリットが見当たりません。それでもA子さんは某店に1年半ほど在籍を続けているので、その理由を尋ねました。

どうやら彼女は若い頃に色々なお店を転々し、これ以上行き場がないとのこと。顧客も抱えていないまま年齢を重ね、さらに40歳のころ、体に大きな傷を負ってしまいました。よって「墓場」以外に選択肢がないのだと嘆きます。

「このお店は60代以上でも在籍していますし、不採用は滅多にないみたいです。どんな年齢や体型でも、傷や刺青があっても働けますから、私みたいな後がない人にとっては有難い存在。確かに環境も何もかも最悪ですが、職場があるだけマシと思っています」

現在の収入を聞くと8時間勤務で日給1.5万から最大3万円程度。金額が安いぶんリピーターを作りやすく、毎月来店される顧客を何名か抱えています。このお店に移ってから毎日が安定し、生活に困窮することはなくなりました。

「待機室でお局が井戸端会議してるので、あの部屋に入りたくないのも仕事を頑張れる理由です(苦笑)お客様を接客していれば、先輩たちに会わなくて済みますから。私はもう後がない人間ですし、お尻に火が付いた状態の方が頑張れるみたい。定年がないようなお店ですので、体力が続く限り在籍させてもらおうと思っていますよ」

よく「夜のお店を根絶しろ」なんてことを言う人がいますが、A子さんのような女性にとって風俗店は必要不可欠な受け皿。例え墓場と呼ばれていても、それなりの稼ぎを生み出せているのは事実ですし、ほぼ全員採用や年齢制限がないところは、夜職の旨味をしっかりと味わえる部分です。

彼女の話を聞き「第三者には墓場に思えても、働き手には救世主のような存在か」と、しみじみ思いました。散々な言われようでもお客様のみならず、“働き手にとっての需要”があるからこそ、お店も存続が可能なのでしょうね。

◆たかなし亜妖(たかなし・あや) 元セクシー女優のシナリオライター・フリーライター。2016年に女優デビュー後、2018年半ばに引退。ゲーム会社のシナリオ担当をしながらライターとしての修業を積み、のちに独立。現在は企画系ライターとしてあらゆるメディアで活躍中。