実は3か月休職していた夫(とげとげ。 さん提供)
実は3か月休職していた夫(とげとげ。 さん提供)

夫婦で共働きしていたと思っていたら、実は夫が会社を休職していたなんてことがあったら、驚きや不安など、さまざまな感情で混乱してしまうでしょう。漫画家のとげとげ。さんが、このような状況に陥ってしまった妻の気持ちの揺れを描いた作品『夫ですが会社辞めました』がSNSで話題を集めています。

物語は、会社を辞めてから家にずっといる夫の目線から始まります。もうすぐ幼稚園に入る息子と朝10時にゆっくり起床すると、息子には「ママには8時に起きたって言えよ」と言いながら「自由は人をダメにするな...」とテレビを眺めていました。

夫は息子に誘われて外出すると、近所の人からは「パパはいつも家にいるのね~」「もしかしてお宅は大黒柱がママなの?」と言われます。夫は苦笑いしながら「ダメなヤツって思われてる」と内心で心配するのでした。

実はこの家族は、半年前に海辺の町である葉山に引っ越してきたばかりです。夫は会社での周囲から伝わる怒りやイラつき、蔑みや呆れなどの表情が怖かったのです。それがきっかけで、ある日急に会社に行けなくなったのでした。

しかしそんな夫も、会社に行かず主夫として生きる日々の中で、だんだんメンタルが良くなっていることを感じていたのです。しかしその半面、妻のメンタルは徐々に崩れる予兆を見せます。というのも、例えば妻が仕事から帰宅すると、部屋中に物が散らかりっぱなしで片付けも掃除もされていないことに、夫へのイライラが止まりません。

残された家事をする妻に、風呂上がりの息子が「今日ねパパとお寝坊したの!」と明るく話すと、妻は笑います。ただ内心では「4月から登園始まるし、生活リズムを崩してほしくないのに!」と思うのでした。

さらに引っ越しによって会社への通勤状況も劇的に変わり、朝の通勤電車で妻は「会社まで片道2時間は遠いな~」とあくびをしてしまいます。その他、職場では上司と部下の相違する意見に挟まれている状態に思い悩むのでした。

そんな中でも夕食は楽しく家族で食べるなど、夫婦は危ういながらもバランスを取りながら生活を送ります。このように夫が主夫となってからも何とか生活をしている家族ですが、ここまでの道のりは決して簡単なものではなかったようです。

ここで話は、10か月前に巻き戻ります。ある日妻が、近所の神社で座り込む夫を見つけるのでした。驚いた妻は「パパどうしたの?」「何しているの?」「会社は?」などさまざまなことを夫に聞きますが、夫からは「ごめん」という言葉しか返ってきません。

その後、夫が実は3カ月前から休職していたことを隠していた事実と向き合うことになります。そんな同作の続きは書籍『夫ですが会社辞めました』に収録されており、レタスクラブで現在も連載中です。続きが気になる同作について、作者のとげとげ。さんに話を聞きました。

■環境が変わればうまくやれることもある

ー同作を描いたきっかけは。

コロナ禍でリアルな人付き合いが減った時期、人とのつながりや距離感について考えることが増えました。人間関係って、近すぎても遠すぎても苦しくなることがありますよね。

ある場所では生きづらさを感じても、環境が変わればうまくやれることもある。そんな風に、それぞれ違った生きづらさを抱える登場人物たちが、無理なく寄り添い合う「静かなつながり」を描きたいと思ったのが、この作品を描き始めたきっかけです。

ー作品を描く際に気にかけていることはありますか?

勧善懲悪のような単純な構図にはならないよう、いつも意識しています。

どんな言動にも、そこに至るまでの背景や理由があるはずなので、登場人物を一面的に描かず、できるだけその奥にあるものまで掘り下げて描きたいと思っています。また、みんなが日々なんとなくやり過ごしてしまうような、曖昧な感情や小さな違和感を丁寧に拾い上げて、言葉にしていくことも大切にしています。

私自身、家にこもって作業することが多いのですが、そんな日々の中でも、ふと人と挨拶を交わしたり、たわいもない会話をするだけで、張り詰めていた気持ちが少し軽くなったり、視界が広がるような瞬間があります。私の漫画も、読んでくれた方にとってそんな“ふっと気持ちが緩むような時間”になればいいな、と思いながら描いています。

ー心理描写がとてもリアルだと感じます。

日々、日記をつけて自分の感情を内省し、できるだけ言葉にするようにしています。特にモヤモヤした感情や曖昧な気持ちは、そのままにせず、深掘りして言語化することを意識しています。

また、映画やドラマ、小説、マンガなど他のエンタメ作品を見るのも好きで、無意識に影響を受けている部分はあると思います。

ー読者に一言お願いします。

今後も『夫ですが会社辞めました』を通して、社会問題や生きづらさのなかで、もがきながら懸命に生きる登場人物たちの姿を丁寧に描き続けていきたいと思っています。また現在は、もう1つの中年クライシスがテーマの連載漫画『50歳、その先の人生がわからない』にも取り組んでおり、さらに単話形式の新しい書籍も執筆中です。今後はさまざまな題材に挑戦することで、自分の作風の幅を広げていけたらと考えています。制作やお知らせはその都度SNSでも発信していますので、ご覧いただけたらうれしいです。

(海川 まこと/漫画収集家)