全然タイプじゃないけど…
全然タイプじゃないけど…

子どもたちが学校で青春を過ごすように、保護者にもまた、PTA活動を通して思わぬ出会いや刺激が訪れることがあります。埼玉県在住のEさん(40代)は、「まったく意識していなかった相手を、ある事実を知った瞬間に急に魅力的に感じてしまう」という経験をしました。20年以上ぶりに味わった青春のようなときめき。更年期の真っ只中で、Eさんの心が再び揺れた一場面です。

■PTA活動は大人の「青春の場」

一番下の子どもが中高一貫校に進学し、子育ても一段落したタイミングで、EさんはPTA役員を引き受けることになりました。役員と聞くと大変なイメージを持つ人も多いかもしれませんが、実際に参加してみると意外にも楽しいのです。

学校イベントの準備、広報誌の取材や編集、PTA主催の行事運営など、1年を通してやることは盛りだくさんですが、参加者は前向きな人ばかりで、一緒に取り組む達成感があります。メンバーの雰囲気もよく、お母さんだけでなくお父さんの参加も目立ちます。イベント前後には決起集会と称した飲み会も開かれ、保護者同士の距離が一気に縮まるのも魅力のひとつです。

日々の忙しさの合間に訪れるその時間は、どこか部活動をしているような感覚で、まさに大人の青春そのものです。

■ただのリーダーだった「誰かのパパ」

そんな活動の中で、あるお父さんがリーダーを務めることになりました。常に笑顔でメンバーをまとめ、困っている人にはさりげなく声をかけてフォローしてくれる。感じの良い人でしたが、外見は髪が薄く背も高くない、いわゆる「かっこいい」タイプではありません。Eさんにとっても特別な存在ではなく、数ある「誰かのパパ」の一人に過ぎませんでした。

ところが、ある日思いがけない事実を耳にします。彼が開業医だというのです。「イベントの時は参加者に何かあった時のために診療セットを持っていくね」と、さわやかに話す姿が印象的でした。

■「医師」と知った瞬間に景色が変わる

「えっ、あの人ってお医者様なの?」その瞬間、Eさんの中で世界が一変しました。昨日までただの保護者だった人が、急に輝いて見え始めたのです。

それまで何気なく受け取っていた優しい言葉が、特別な気遣いのように感じられます。笑顔でフォローしてくれた出来事が、自分への好意の表れではないかと錯覚し、胸が高鳴っていきました。

「肩書きひとつで人の見方がこんなにも変わるのか」とEさんは驚きます。「医師」という事実がフィルターのようにかかり、妄想の中で彼に白衣を着せ、真摯に患者と向き合う姿を思い描いてしまうのです。

■ゴルフにすら胸がときめく

夜の飲み会で、彼が「明日5時起きでゴルフなんだ」と話したときのこと。Eさんの夫が同じことを言えば腹立たしさしか湧かないのに、彼の言葉は不思議と特別に聞こえました。

「さすが医師はゴルフなんだな」と勝手に納得し、「製薬会社からの接待かしら? 素敵」と、むしろスマートなライフスタイルの象徴に見えてしまったのです。視点が変わるだけで、同じ行動がまったく違って感じられることに驚きを覚えました。

■勝手に始まった「中学生のような片思い」

それ以来、PTAの集まりで彼に会えることが密かな楽しみになりました。イベントの場で姿を見つけるたびに心がざわめきます。

もちろん、現実的には何も起こっていませんし、好みのタイプでもありません。それでも「もし誘われたらどうしよう」「断れるのかな」「まさか不倫なんてことは…」と、あり得ない想像をしてしまうのです。頭では否定しても、感情はどうしようもなく走り出してしまいます。

そんな自分に苦笑しつつも、PTA活動がいっそう楽しく感じられるようになりました。

■単なる恋ではない「不思議な高揚感」

思春期ではなく、更年期を迎えて感じたのは、人が他者に抱く印象は容姿や性格だけでなく「社会的な立場」にも左右されるということでした。昨日まで無関心だった相手を、「医師」という肩書きを知っただけで急に意識してしまう。それは恋愛感情というより、憧れや尊敬が入り混じった高揚感のようなものでした。

人は誰しも、相手そのものよりも、背後にある物語や背景に心を動かされるのかもしれません。「ただの誰かのパパ」だと思っていた人が、急に輝いて見える瞬間。そこには、人の見方の不思議さと、大人になってもなお心が揺れ動く面白さがあります。

青春は子どもだけの特権ではありません。大人になった私たちもまた、思いがけない出会いや気づきに心をときめかせながら、もう一度青春を味わえるのです。

(まいどなニュース特約・松波 穂乃圭)