中国が台湾統一を国家の「核心的利益」として掲げ、その実現に強い意志を示していることは周知の事実である。多くの場合、その理由として「一つの中国」原則に基づく領土の一体性の回復や、共産党政権の正統性の確立が挙げられる。しかし、こうした政治的・歴史的な大義名分以上に、中国が台湾統一を強く望む戦略的な、そしてより大きな野望が存在する。それは、西太平洋における軍事的・地政学的な覇権の確立である。台湾統一は、この壮大な目標を達成するための極めて重要な「通過点」に過ぎない。
■第一列島線を突破する「地理的要衝」としての台湾
中国の軍事戦略において、太平洋への進出は長年の課題であった。特に、中国大陸を取り囲むように連なる島々、すなわち「第一列島線」(九州、沖縄、台湾、フィリピンなどを結ぶライン)の存在は、中国海軍にとって長らく「鉄の鎖」として機能してきた。この列島線が、中国海軍の自由な外洋展開を阻む障壁となっていたのである。
この第一列島線のちょうど中央に位置するのが台湾である。台湾を統一し、その東海岸を軍事的に支配下に置くことができれば、中国は事実上、この第一列島線の鍵を手に入れたことになる。そうなれば、中国の潜水艦や水上艦艇は、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡、あるいは台湾東方沖の海域を、妨害を受けることなく自由に太平洋へ進出できるようになる。
■「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略の完成
この太平洋への自由なアクセスは、中国が追求する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略を完成させる上で不可欠な要素である。A2/AD戦略とは、有事の際に、アメリカ軍などの外部勢力が、中国の周辺海域および空域に近づくことを阻止し、展開を拒否することを目的とした戦略である。
台湾を支配下に置くことは、中国がそのA2/ADの範囲を、従来の沿岸域から西太平洋の広大な海域へと一気に拡大することを意味する。具体的には、台湾東部から第二列島線(小笠原諸島、グアム、サイパンなどを結ぶライン)に至るまでを射程に収めることが可能となり、アメリカの主要な軍事拠点であるグアムまでもが中国の支配的な影響下に入りかねない状況を招く。
■インド太平洋の勢力図を塗り替える「決定打」
さらに重要なのは、台湾統一が単なる軍事的な優位性の獲得に留まらないという点である。台湾を吸収した中国は、その地政学的な優位性を背景に、東シナ海、南シナ海、そして西太平洋全域のシーレーン(海上交通路)に対して決定的な影響力を行使できるようになる。
これは、日本、韓国、フィリピンといった周辺諸国だけでなく、これらの国々と安全保障上の関係を持つアメリカのインド太平洋戦略全体を根本から揺るがす事態である。西太平洋において、中国の軍事的プレゼンスが支配的になれば、アメリカの影響力は大幅に後退し、インド太平洋の勢力図は劇的に塗り替えられることになるだろう。
■最終目標は「世界一流の軍隊」と「海洋強国」
したがって、中国にとって台湾統一は、単なる内政問題の解決や失われた領土の回復といった感情的な目標ではない。それは、「海洋強国」として世界に君臨し、「世界一流の軍隊」を保有するという、習近平指導部が掲げる国家的な大戦略の実現に向けた、最も困難かつ最も重要な「最初のステップ」なのである。
台湾統一が実現した暁には、中国の軍事的野望は決して止まらない。彼らの最終目標は、アジア太平洋地域におけるアメリカの覇権を打ち破り、中国主導の新しい国際秩序、すなわち「中華民族の偉大な復興」を達成することにある。台湾はそのための強固な「足場」であり、西太平洋への軍事的覇権を確立するための戦略的な跳躍台であると理解すべきである。この観点から見れば、台湾問題はもはや中国と台湾の二者間の問題ではなく、自由で開かれたインド太平洋の未来を賭けた、国際社会全体の安全保障に関わる重大な焦点であるといえる。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。
























