先祖である徳川家康の肖像画と自分の顔を並べた一枚の写真がXに投稿され、「似すぎて驚いた」と話題を呼び、15万件以上の「いいね」が寄せられ、表示回数も1800万回を超えています。投稿主は、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の家系を継ぐ徳川慶喜家当主の山岸美喜さん(@yamagishimadam)。これまでも「慶喜に似ている」と言われることはありましたが、今回はさらに遡って「家康に似ている」という声が相次ぎました。先祖と“そっくり”と評された今回の反響は、山岸さんにとって、「家を継ぐとは何か」「歴史をどう次世代につなぐか」を考える一つのきっかけにもなったといいます。
先祖との比較写真を投稿したきっかけは、徳川慶喜家の祭祀を継承したことをXで報告した際に寄せられたコメントだったといいます。
「数年前から慶喜公に似ていると言われたことはありましたが、今回は『家康公に似ている』という声が多く驚きました。そうなのかな?と思い、肖像画と並べて投稿しました」
投稿には「耳の形までそっくり」という指摘も寄せられました。これには、「耳が大きいのがコンプレックスだったので、少し恥ずかしかったです」と山岸さんは苦笑します。
家康の肖像画に描かれているのは70代のときの姿。「本当は、美人な歴史上の人物に似ていると言われるほうが嬉しいんですけど…」と笑いながらも、今回の想像以上の反響には驚かされたと話します。幼い頃から、「父方の親族に似ている」と言われることが多かったという山岸さん。「慶喜公に似ている」と言われることもありましたが、初めて言われたときは「本当に?」という思いだったそうです。
「ただ、佇まいなど何か通じるものがあるのかも?と感じたり、おでこの形が似ていると思ったりすることもあります」
自身の中で「ご先祖ゆずり」と感じる部分について尋ねると、こう語ります。
「文化的なことが好きなところ、凝り性なところ、いろいろ興味を持って取り組むところは似ている気がします。家康公は鷹狩り、慶喜公は多趣味と言われていますが、私もゴルフや音楽など幅広く楽しんでいます。食べものに関心があり自分で作るところも共通しているかもしれません」
山岸さんは現在、徳川慶喜家の当主を務めています。
「私は嫁に行った立場ですので、本来ならば家督とは縁遠い存在です。しかし叔父は、血の濃さや男子優先という形ではなく、『この人なら、家じまいの重責を任せられる』と私の人間性を信じて託してくれました。
実は、私が当主を引き受けたのは、叔父が下した『慶喜家を閉じる』という決断を最後まで見届けるためでもあります。約6000点に及ぶ歴史的資料や土地を、個人が私有財産として管理し続けることには限界があり、叔父も生前その維持に心血を注ぎながら苦労を重ねてきました。『これ以上、子孫にこの重荷を背負わせてはいけない』という叔父の切実な判断があったからこそ、私はその遺言を全うする責任があると考えています。
親族からは反対の声もありましたが、あえて子孫への継承責任を停止するという叔父の決断を重く受け止め、務めを果たしたいと思います。それはどこか、現代における『大政奉還』を遂行するような気持ちでもあります」
今回の投稿を通じ、「徳川慶喜家の存在を初めて知った」という声も多く見られました。
「周知につながったことはとても嬉しいです。徳川家は宗家だけでなく12家があり、それぞれ当主がいます。その理解が広がれば嬉しいですし、様々な研究にもつながればと思います」
家康や慶喜公に“似ている”という声は、山岸さんにとって単なる話題づくりではなく、「受け継いだ歴史をどう次の世代に手渡していくか」を考えるきっかけにもなったのだとか。多方面で活動する山岸さんですが、その根底にあるのは「歴史の継承」だといいます。
「クラシック音楽では若手の演奏家を招き、未来に続く“はしご”をつくる。著述や珈琲プロジェクトでは、歴史を身近に感じられる接点をつくる。一貫しているのは『歴史を共有し、次の世代につなぐこと』です」
今後取り組みたいことを尋ねると、墓地の維持など“家”だけでは抱えきれない問題にも言及しました。
「かつて、家は会社のようなもので、職業は世襲制、すべての責任を家庭単位で担ってきました。しかし現代社会において、家系が歴史的な資産をすべて維持していくのは、あまりにも現実的でない、重すぎる負担となっています。特に慶喜家の墓地は300坪あり、私たち子孫にとって『負の遺産』とさえ言えるほどの経済的負担を強いられています。現代のように誰もが発信し、情報共有できるネット社会の時代では、歴史を私たち個人だけで守るのではなく、多くの方々と共に共有し、守っていくのが良いのでは…と思います。今後は、東京都の史跡指定を受けているお墓を含め、私個人でなく様々な方にご相談申し上げ、多くの方々で守っていただけるような形に繋げたいと願っています」
最後に、投稿をきっかけに徳川家へ関心を持った読者へのメッセージをもらいました。
「時代は常に形を変えます。守ることも大切ですが、柔軟に対応することも求められます。老若男女という枠ではなく“人間の能力”で物事が進む世の中になるといい。その中で伝統や文化を大切にしながら、新しい形をつくっていけたらと思います」























