子供時代からのお知り合いが営む焼き鳥屋でパクっと(撮影協力:平乃屋)
子供時代からのお知り合いが営む焼き鳥屋でパクっと(撮影協力:平乃屋)

1988年にアイドル歌手としてシングル『憧憬(あこがれ)』でデビューした北岡夢子さん。

長らく芸能活動を引退していたが、2024年に33年ぶりの新曲『二人の季節』リリースし颯爽とカムバック。折からの昭和ブームも手伝ってか"昭和最後のアイドル"として注目を集めている。

復帰直前、筆者は友人を介して夢子さんと知り合い、ラジオ番組やイベントでご一緒する機会があった。業界の先輩をあれこれ褒めるのは恐れ多く照れくさいのだが、彼女の魅力の神髄は、恵まれた歌声や容姿はもちろんのこと、天性の明るく温かなキャラクターにあると思う。今回そんな夢子さんと、彼女を育んだふるさと東京都台東区三ノ輪の街を散策しつつ、来し方行く末についてお話を聞いた。

ーーどんな子供時代でしたか?

夢子:小さい頃は典型的な内弁慶タイプ。でも小学4年の頃、席が隣になった友だちの影響で急に活発になったんです。それからは人前で歌ったり学級委員に立候補したり、しゃしゃり出るように(笑)。

ーーさっきから街中で声をかけられていて、あらためて夢子さんの認知度を実感しました。

夢子:三ノ輪は下町の商店街で、うちは酒屋をやっていたのでお店屋さんとお付き合いが深かったんです。私も小さな頃からお使いでいろんな所に行ってました。アイドル歌手としてデビューした時もみんなとても喜んでくれましたね。

ーー今は離れておられますが、三ノ輪ってどんな街だと思いますか?

夢子:「義理と人情」じゃないけど、三ノ輪には下町ならではの人間らしい温かみがありますよね。6~7年前に相次いで両親が亡くなった際も、三ノ輪を離れてもう何十年も経つのに大勢の方たちが葬儀に参列してくれました。

ーー最近知り合ったからか、夢子さんが下町育ちというのは意外な気がしてました。

夢子:デビューした頃はアイドル雑誌の撮影で浅草のお祭りに連れていかれたり、法被着せられたりしてたんですよ(笑)。あの頃は下町のイメージで売られるのは嫌だったんだけど、今思えば私を育ててくれた大切な街。地元に残っている一部の同級生を除けば、お知り合いは親世代の方が大半なので、みんないつまでも健康で長生きしてほしいなと思いますね。  

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Yumeko kitaoka LIVE ~ときめきの夜に~
日時:2026年10月11日(日)
17時開場 18時開演
会場:JZ Brat SOUND OF TOKYO
(渋谷セルリアンタワー東急ホテル タワーサイドテラス2F)
予約:JZ Brat SOUND OF TOKYOホームぺージより

(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)