東京・霞が関の通産省。秋の補正予算案策定を一カ月後に控え、陳情でごった返す本館で六日、兵庫県の神田栄治産業政策課長ら県、神戸市から上京した五人の幹部が合流した。
同省の永松荘一・阪神淡路復興対策室長と向き合った協議は約一時間。テーマは国内初となる神戸・ポートアイランド二期の経済特区「エンタープライズゾーン」である。
実務レベルの詰めはしかし、厳しいムードで進んだ。前日に開かれた政府の阪神・淡路復興委員会後の記者会見で、下河辺淳委員長は話していた。
「復興のカギを握る産業復興が進んでいない。民間の投資をどう呼び込めばいいか、という声も委員会で出た。しかし、地元があてもなく規制緩和を求めるようでは対応できない」
厚く、広い、国の壁を見せつけるように、この日、神田課長が足を運んだ関係課は通産省だけで十二に及んだ。
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遅々とした歩みに見える都心・オフィス街の復興。現行制度での民間への援助策は限られている。
共同ビル化も、国の助成は優良建築物の共用部分に対する建設費補助だけ。それも面積要件などがあり、震災後、オフィスビルへの適用はまだない。
通産省は、来年改正を予定する民活法で、被災地の商業再建も対象にする方向で検討している。低利融資が中心だが、超低金利時代の今、メリットは乏しい。地元は「制度の深掘り(補助率アップ)がなければ、現実に利用する民間が出てこない」と懸念する。
そんな中、「経済特区は都心再生の手立てにもなる」と、同市の小川卓海助役は話す。
「都心はサミット。頂上の三宮が立ち直って初めて、街のすそ野も広がり、にぎわいが戻る。企業に将来展望を与えるエンタープライズゾーンを復興のシンボルプロジェクトとして経済活性化の起爆剤にしたい」
八月、県と市が出した中間報告は、内外資本の誘致を目指す「特区」で考えられる税制優遇措置や規制緩和策を列挙する。だが、通産省は「どの規制を外せば、どんな企業が進出してくるのか。民間の声が聞こえない」と答えを求める。
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復旧から復興へと向かう、道筋のすべてに立ちふさがる国の壁。
関東大震災三八%に対し阪神大震災二%。国内総生産に占める被害額の差が政府復興本部でも取りざたされる。「新幹線に関西空港、大阪空港もある。復旧はともかく、インフラ整備が整った神戸、阪神で復興特例は無理」との声もある。
「準復旧事業」とも言える当面の住宅建設でも、国庫補助率引き上げは難航。大蔵省主計局の課長は「恵まれない自治体は山ほどある。税や補助率という制度の根幹を譲れば、全国の反発は必至。どの省が来ても門前払いだ」と話す。
「均衡。これが国のすべての基本だ」。神戸市の復興計画を統括する山下彰啓企画調整局長は続けた。
「抽象論ではだめだ。産業復興で壁を破るためには主役の企業の具体的な声、アイデアが欠かせない。行政が自力でやれる限界はすでに超えた。『株式会社神戸市』はもういない」
就業人口で神戸市全体の四割を占めると言われるオフィス街。震災はその都心のオフィスの四分の一を解体に追い込んだ。企業や商店、飲食街で再建に向け、それぞれの模索が始まるなかで、再生への歯車を動かす力、条件探しが続く。
(高梨柳太郎、松岡健、布施太郎、長沼隆之、下土井京子)=第五部おわり=
1995/9/10