ビル倒壊が続出した神戸・三宮の歓楽街を、阿部実さん(仮名)は毎日のように歩いた。現場を見て、法務局で登記簿を繰る。そして地権者一人ひとりを市内各地に訪ねた。
対象地域は千平方メートル。地権者だけでも約三十人に上る。「僕も地権者の一人だから、何人かは顔見知りもいた。でも、面識のない人が多かった」。混乱の中で、共同ビル化の説得は自己紹介から始まった。
「まとまってビルを建てれば、もっとお客さんが来る。今きれいにしなければ、二度とチャンスは来ない」
震災で、一帯の木造やビルはほとんど倒壊した。テナントはスナックなど飲食店が大半。土地と建物の所有者が別々の場合も多かった。オーバーローンで土地が担保に入っているビルは、阿部さんらが金融機関にも掛け合った。ようやく地権者が一堂に会した時は、震災から三カ月がすぎていた。
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洋酒メーカーの調査によると、阪急三宮駅北の生田地区で全面建て替えが必要な飲食店ビルは約六十棟。「しかし、新築に向けた計画が軌道に乗っているケースは数えるほど」という。
ビル所有者とテナントの権利調整も残るが、再建を阻む最大の壁は、オフィスビルと同様「不透明なテナント需要」と言われる。資金を借りる上でも見通しの難しさが壁になる。
三宮で十棟近くの飲食店ビルを経営するビル業者は話す。
「建て替えで、当然賃料、敷金を上げざるを得ない。景気がどん底のなか、入って来るテナントがいるかどうか。安い土地があっても、私は今のビル建設は見送ります」
洋酒メーカー担当者は震災前の三宮の歓楽街の特徴を▽サラリーマンや学生が集まるパブなど大きな店が少なかった▽飲み方が保守的で、酒のアンテナショップはなかなか成功しない、と分析。「それでもテナント確保のため、直営店を出してくれないかといった要望が相次いでいる」と打ち明けた。
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共同ビル化は、夜の街を変えることになるのだろうか。
商業不動産コンサルタントの青木幸夫さんは「スケールメリットが、不透明なテナント需給をひっくり返す起爆剤になり得る」と指摘する。
「同じ延べ面積でも、一フロアでまとまれば、二フロアに分かれるより効率が上がる。調理、サービスすべてでコストダウンできる。東京資本を中心に、パワーのあるテナントを呼び込むことができる」。現在、三宮駅北で受け持つ新築ビルは、一フロア三百六十平方メートルに、大阪の大手居酒屋チェーンが新規出店を決めたという。
阿部さんら共同ビル計画予定地の地権者は七月下旬、五回目の会合で「九月の任意組合設立」を決めた。震災半年を経て、計画は本格的に歩み出した。
青写真によれば、地下一階地上六階、延べ六千平方メートル。飲料メーカーと建設会社が二フロア借り上げの名乗りを上げた。十数億円の建設費のめども立った。
「立地がいい上、この広さ。テナントは必ずやってくる」と地権者ら。オープン目標は来年十一月。一フロアが九百平方メートルを超える、三宮有数の飲食ビルが出現する。
1995/9/1