「阪神大震災の犠牲者の傾向は途上国型…」
住宅の倒壊、直後の窒息死・圧死。遺体の検案書にみられる極端な傾向に対する疑問は、約二十年前から地震による犠牲者発生のメカニズムや死者数の予測を研究テーマとする、山口大学工学部の太田裕教授の言葉でいっそう膨らんだ。
訪れていた神戸のホテルで、聞き慣れない「途上国型」に対する教授の説明が続いた。
自然石やレンガなどを積み上げた家が多い地域では、地震の犠牲者は多くなりやすい。レンガや石がばらばらに壊れ、一瞬ですき間なくつぶれてしまうからだ。大半は即死。負傷して病院にたどり着く前に死亡するケースが多い。
「イメージとしては、昨年五月のサハリン地震に近い」
地震の直撃を受けたこの地方の都市では、住民の半数を超える千九百八十九人が犠牲となった。
二十四万人を超える犠牲者を出した一九七六年の中国・唐山地震、四万千人が死亡した九〇年のイラン北西部地震なども途上国型に当てはまる。
途上国型に対し、教授が先進国型に数えるのは九四年のロサンゼルス・ノースリッジ地震である。負傷者約九千三百人、対する死者は六十一人。地震の規模と被害の大きさの割には死者は少なかった。
「住宅などの耐震対策が進んでおり、負傷はしても死に結びつきにくい。阪神大震災の場合、重傷者が少ないのが不思議だ」
先進国では、圧倒的多数の負傷者に対して、死者は少数になる。死者も病院で亡くなるケースが多く、即死は少ない。
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自宅での短時間の死。震災直後、住民は生か死かの両極端に分かれた。神戸新聞社が行った遺族アンケート調査などからも、その傾向の一端が読み取れる。
北山八重子さん(当時六十九歳)。神戸市兵庫区の二階建て住宅の一階がつぶれ、死亡した。検案書の死因は窒息死。同市東灘区の当時八十四歳の男性も倒壊した二階建ての一階で圧死した。遺族は「大きな外傷はなく、穏やかな表情だったのが救い」と話す。男性の隣の部屋では三女が生き埋めになったが、ベッドと整理ダンスのすき間に閉じ込められて、かすり傷ですんだ。
震災直後の病院の様子はどうだったのか。激甚地にあった神戸市東灘区の東神戸病院。大西和雄・診療部長は「窒息死と一目でわかるケースが大半。外傷が少なく、全身か上半身がほこりまみれだった」と説明した。
震災直後の患者のうち、入院後に死亡したのは三人。病院に到着したとき、既に心臓が停止し、手のつけようのなかった人は七十三人もいた。
生死の境界にいる人が病院まで運ばれることは少なかった。「途上国型」震災とした太田教授の指摘を裏付ける状況ともいえないか。
「先進国」といわれる日本の住宅が、なぜこれほど多く倒壊し、凶器となったのか。
太田教授は「日本の木造住宅は、地震に対して粘り強い鉄筋コンクリートと、崩れやすい石やレンガの中間に位置すると考えられていた。倒壊しても柱やはりなどの部材がすき間をつくり、死には至らないはずだった」と語った。
起きないはずのことが起こった。なぜなのか。
「人に優しくない壊れ方をしたのだろう。調査が必要だ」
1996/1/13