風と水と土と ひょうごテロワール
炭火で白根を黒焦げになるまで焼いて、根っこの少し上から切り落とす。焦げた皮をむくと、湯気とともに食欲をそそる香りが広がった。岩津ねぎの食べ方を、生産者の池本晃市さん(朝来市)に教えてもらう。「青い葉を持って上を向いて…」。カニの時のように口を上に開いて食べる。ホクホクの白根は口の中でとろけ、豊かなうま味と甘みが重なり合った。テロワールの視点で兵庫の産物の奥深い魅力を探る連載の5回目は、冬の厳しい寒さと雪が絶品の風味を生む朝来市特産の岩津ねぎを紹介する。(辻本一好)
■竹田城を望む畑
姫路からJR播但線に乗り北へ。生野峠を越え、青倉駅で降りる。15分ほど歩くと目指す畑についた。池本さんはここで隔週土日に「岩津ねぎ掘りDAY!」と銘打って収穫イベントを催している。
大きな米袋に詰め放題で2千円。“天空の城”竹田城を望む雪が残る畑で、掘りたての岩津ねぎの素焼きを味わう。なんともぜいたくな時間だ。
「先日は、ネットで知り合ったという東京や高知のお客さん4人が鉄道などで神戸に集まり、レンタカーに同乗して来てくれました」。池本さんは知名度の広がりを実感している。
■白根も葉も美味
太い白根から葉先まで、まるごとおいしく食べられるねぎは全国でも珍しい。スーパーでは、硬い葉を切り落とした白ねぎの売り場に並ぶことが多い。ただ、岩津ねぎは70~90センチある全体を丁寧に袋詰めして売られている。
ねぎという野菜は、白根が長くなるように育てて食べる関東の「白ねぎ(根深ねぎ)」と、主に葉を薬味に使う関西の「葉ねぎ」の大きく二つに分類される。
岩津ねぎはその中間とされ、独特の個性を持つ。誕生のいきさつが、「兵庫の野菜園芸」(兵庫県農林水産部監修)に記されている。
ルーツは江戸時代にさかのぼる。幕府直轄の生野銀山で働く人たちのため、冬野菜として京都の九条ねぎが持ち込まれたのが始まりという。九条ねぎは葉ねぎの代表だが、白ねぎと同じように土寄せして育てられたことから、両方の魅力を併せ持つに至ったそうだ。
明治時代半ばまでは、お歳暮用などとして地域内で流通。播但線の開通によって広く域外でも販売されるようになった。
■氷点下も凍らず
その特有のおいしさの源は肉厚の葉に含まれる半透明の部分にある。糖分が豊富で氷点下の寒さでも凍らず、雪にさらされることで風味を増す。ただ、雪が降りすぎると、柔らかい葉を傷めてしまう。
産地は2シーズン連続の大雪に悩まされた。昨年12月26、27日には、朝来市和田山で観測史上最高の71センチを記録したが、同じ但馬でも日本海沿いの香住(香美町)は7センチだった。
但馬では、内陸中心に降る雪を「山雪」、沿岸中心に降る雪を「海雪」と言う。昨年、朝来に降ったのは典型的な山雪だ。どんな時に降るのか、神戸地方気象台に聞いてみた。
二つの天気図を見てもらいたい。いずれも日本の東に発達した低気圧、西に高気圧がある、いわゆる西高東低の気圧配置で、左の「山雪型」は等圧線が縦じまに走っている。「日本海の水分をたっぷり含んだ強い北西風が山々にぶつかり、積乱雲が発達して大雪を降らせます」と調査官の松岡政幸さんは説明する。
一方、沿岸部の海雪や平野部に雪を降らせる右の「里雪型」は、等圧線が袋状なのが特徴だ。
最近はドカンと降る年がある一方で、ほとんど雪がない年もある。雪害を防ぐネットの導入を補助する朝来市の農林振興課長、平松裕一郎さんによると年々、ねぎの栽培は難しくなっているそうだ。平松さんは「冬の雪だけでなく、土寄せをする夏の雨もスコールのような極端な降り方が多く、畑が水没してしまうこともあります」と話す。
■住みたい田舎
そんな産地にとって明るい兆しは、都会から移住する就農者が増えていることだ。朝来市は「住みたい田舎」(宝島社)の上位に選ばれる人気の地域。現在、先輩農家に弟子入りした21人が兵庫県朝来農業改良普及センターなどの指導を受けながら、岩津ねぎの栽培に励んでいる。
そうした就農者の新しい発想によって販路も広がり、「従来の市場出荷と道の駅のほか、東京などの百貨店やレストランなどにも売り先が拡大しています」(前述の平松さん)。
大阪出身の福本学さんもその一人だ。まだ3年目だが、すでに60アールの畑で栽培し、インターネットなどを通じて大阪や関東に販売する。「料理の主役になるねぎで、このおいしさをもっと多くの人に知らせたい、という気持ちにさせられる」と力強く語る。
年に白ねぎを3回栽培する大産地もあるが、手間をかけて育てる岩津ねぎの収穫は年1回のみだ。大雪の被害を受けた農家は傷んだ葉を取って追肥し、新しい葉の成長を待って出荷する準備を進めている。
雪に悩まされながらも極上の風味を届けようと、葉先まで大事に扱う農家の営みによって、現代まで残った唯一無二のねぎ。もっと高い評価を受けて、兵庫のキラーコンテンツになるべき食材だと強く思う。
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決めるさまざまな自然環境を示すフランス語。具体的には原料となるブドウ畑の土壌や気候のほか、農家や醸造職人の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がり始めている。
2022/1/30-
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