風と水と土と ひょうごテロワール
畑から掘り出したニンニクの束がずらりと並ぶ風景は壮観だ。天日干しに汗を流すのは祖父、父から受け継がれた在来種「ハリマ王」を栽培する北本奇世司(きよし)さん(兵庫県加西市)。「こうすると葉と茎の養分が球根(ニンニク)に戻ってくるんです」。離れていても、強く豊かな香りが鼻をつく。自然と人が織りなすテロワールの物語が詰まった兵庫。今回は時代を超えて生き残り、1世紀前の鮮烈な辛さを今に伝えるハリマ王を紹介したい。(辻本一好)
人が種を採って育てることを繰り返す中で風土に根付き、風味が地域の一つの個性となっていく。ハリマ王は、そんな人と種の営みから生まれた兵庫を代表する在来種の一つだ。
■やぶに野生化した株
歴史は戦前にさかのぼる。奇世司さんの曽祖父が昭和初期、地域の特産品にしようとニンニクの栽培を始めた。しかし、戦時中になると食料不足からサツマイモなどの栽培が推奨され、嗜好(しこう)品扱いだったニンニクは畑からおいやられてしまう。
食生活が豊かになってきた戦後の1960年代のことだった。農業を継いだ祖父の英雄さんが、市内で開業する焼き肉店のたれ用のニンニクを探していた知人から相談を受けた。「そういえば…」。戦前に栽培されていたことを思い出し、畑に行ってみると、そばのやぶで野生化していた。
英雄さんは、自生して生き続けていたものを畑で育て、質の良いものを選んで育成する作業を重ねながら「秘伝のたれ」の原料として供給するようになった。
■「これぞニンニク」
一軒の農家でコツコツ作っていたニンニクが世に出たのは、栽培を受け継いだ奇世司さんの父、恵一さんと「ひょうごの在来種保存会」の山根成人さんとの交流がきっかけだった。
山根さんは野菜などの在来種のうわさを聞けば現地に足を運び、味の特徴や種が残った歴史などを聞き取る活動を続けていた。人々の嗜好の変化とともに、風味がマイルドなものへと改良されていた中で、恵一さんが育てる在来種の強烈な個性に驚かされる。「これぞニンニクというくらいの存在感。くさい、辛いでは一級品」
山根さんと交わる中で、恵一さんは「ハリマ王」と命名。メディアで取り上げられて広く存在が知られるようになり、加西市内外の販売先を開拓、地域での栽培も広がった。
■無農薬、無化学肥料で
2014年に恵一さんが亡くなり、「小学生のころからニンニクは生活の一部だった」と言う奇世司さんが4代目として栽培を本格化する。祖父と父から学んだ無農薬、無化学肥料栽培を受け継ぎ、牛ふんなどの有機肥料を使い、雑草を抑えるために畑をもみ殻で覆う。
ニンニクは時期に応じて葉、花芽、球根を販売する。「農作業が一時期に集中しないよう、分散化と省力化を進めてきた」と奇世司さん。収穫した球根から選別した「種」は9月に植える。葉の収穫は翌年の2月から4月。前年に収穫した中から、皮がむきにくい小さなものを専用に栽培している。
花芽が付いた茎の収穫は4~5月だ。良質なものを育てるために欠かせない作業で、芽をとることで栄養が球根へと向かう。
■1カ月間、天日干し
収穫したニンニクは一部を生で出荷し、残りは1カ月間、天日干しにする。6月下旬からJA直売所や地元のスーパーのほか東京、大阪、神戸などの料理店、食品加工業者に、食材や調味料用として供給される。地元、加西市の高橋醤油(しょうゆ)は昔ながらのもろみをベースにハリマ王と金ごまを配合した「焼き肉のたれ」と、刻んだハリマ王を漬け込んだ「にんにくしょうゆ」を販売している。
ハリマ王のお薦めの食べ方は、山根さんがはまったという「カツオのたたき」と一緒に。初級者向けはスライス、中級者向けは刻みニンニクだ。辛さをガツンと味わいたいなら、上級者向けのすりおろし。「すりおろしは、食材の風味がハリマ王に負けてしまう場合もあるので、ご注意を」と奇世司さん。
生の風味の強烈さが際立つハリマ王も、火を通すと優しい甘みと上品な香りが楽しめる。奇世司さんは、熟成させて作る黒ニンニクの研究も進めている。雑味のない濃厚な味わいは生チョコレートを思い起こさせる。
■多様性を守り次代へ
収穫後の選別は、次の年の「種」を選ぶ作業を兼ねている。見た目が整ったものだけでなく、皮が割れたもの、赤みを帯びた野性味が強いものも交ぜていく。
奇世司さんは言う。「多様性を残すことが基本。育てたものから種にするものを選ぶ作業は農家のあるべき姿だと思う。この豊かな個性を次代につないでいきたい」
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決める環境を示すフランス語。具体的には原料のブドウを育む土壌や気候のほか、作り手の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がっている。
2023/6/25-
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