風と水と土と ひょうごテロワール
草木の緑が濃さを増す中で、黄金色に輝く大麦畑が鮮やかなコントラストをなす。刈り取られた大麦は、地元の製茶工場で味わい深い麦茶に加工され、夏に欠かせない地域の味として直売所に並ぶ。人が自然と織りなすテロワールの物語。今回は兵庫・東播磨の初夏の風物詩である六条大麦を取り上げたい。(辻本一好)
■稲美、加古川で430ヘクタール
栽培は11月上旬の種まきで始まる。2度の麦踏みを経た大麦は春になるとぐんぐん成長し、4月に出た緑の穂が5月には黄色に熟す。真上に伸びていた穂先が90度曲がると刈り取りのサインだ。「うちは17ヘクタールで栽培。天気次第ですが、だいたい1週間で刈り終えます」。岡東営農組合(兵庫県稲美町)組合長の田中吉一さんは話す。
JA兵庫南によると、稲美町、加古川市は雨が少なく麦の栽培に適しており、営農組合や農家計41の生産組織が、約430ヘクタールで麦茶用の六条大麦「シュンライ」を栽培している。
■風土に合う品種探し
産地づくりが始まったのは1970年代半ば。他県産の大麦を使って麦茶を製造していた長谷川商店(加古川市)が地元産を求めたところ、当時の稲美野農協が連携を申し出、営農組合とともに試験栽培が始まった。
「梅雨の前に収穫できること、焙煎(ばいせん)しやすいことなど、地域の風土や味の条件に合う品種を求め、試行錯誤を重ねながら10年かけて今のシュンライにたどりついた」。当時の状況を知る長谷川商店専務の大篠昭雄さんは振り返る。
99年に稲美野農協など東播磨の7農協が合併し、現在のJA兵庫南が誕生したのを機に、栽培は加古川市へと拡大。当初100ヘクタールだった面積が今では4倍に増え、西日本有数の産地となっている。
■焙煎を4回繰り返し
収穫した大麦は乾燥させて、15%以上の水分を13%まで落とし、1年間倉庫で寝かす。時間をかけて麦の中心まで水分を均一にすることで、良質な製品ができるという。
麦をいる製茶工場は香ばしい香りが漂う。麦茶の香ばしさは皮から、味は実から出すそうだ。ここでは四つの窯を使ってじっくりと焙煎する。芯まで火を通した大麦は粒のままティーバッグに詰められる。粉末の製品に比べてにごりがなく、香ばしい香りとすっきりとした味わいが自慢だ。
■直売所に並ぶ新製品
ティーバッグとペットボトル入りの製品が販売されているJA兵庫南の直売所「ふぁ~みん」では、皮を丁寧に削ってお米と一緒に炊けるようにした「米粒麦」や大麦粉、麦みそなどの新製品が並んでいる。
「令和元年、2年と大豊作が続いて麦の売り先がなくなって困ったのをきっかけに、食の製品開発に乗り出した」と、JA兵庫南代表理事専務の野村隆幸さん。農家や食品業者に開発を呼びかけたほか、大麦の粒と粉を素材にしたレシピコンテストを開催。ハンバーグや、サラダ、クリームパスタ、りんごケーキなどの多彩なアイデアが集まった。
■食物繊維などで脚光
「思った以上に20~40代の参加者が多かった。ボリュームがあるのにヘルシーというのが一つの魅力です」。レシピ集の作成に携わったJA兵庫南ふれあい広報課の高見香織さんは、男性の応募が目立ったことに驚いたという。
大麦は低糖質な上に、野菜では摂取しづらい水溶性食物繊維の一種である「ベータグルカン」が豊富で、健康食材として注目が高まっている。JA兵庫南によると、県内では加古川市や播磨町のほか、芦屋市など計12の市町が学校給食に導入している。
■麦ストローへの思い
大麦関連の売り場で興味深いものを見つけた。大麦の茎から作ったストローだ。中が空洞になっている茎のきれいなところを切り取って、古紙から作った箱に詰めてある。英語のストローの語源は麦の茎などの「わら」。昔は一般的に使われていたが、プラスチック製品が登場してから麦製のものは消えてしまった。
六条大麦の茎は田んぼにすき込んだり、燃やしたりしていたが、JA兵庫南が地域の福祉事業所と連携して販売を始めた。製品には地域資源を無駄にせず、麦畑の風景をこれからも守っていく、という思いが込められている。
大麦は明治時代、日本でも米の3倍もの面積で栽培されていた。しかし戦後、食生活が豊かになると、貧しい時代の食べ物として敬遠され、消費が激減してしまう。それが栄養過多の時代を迎えて見直され、工夫を重ねた味や新しい加工技術によって、食材の可能が広がっている。
地元産へのこだわりから生まれた大麦という特産物の価値を、時代の視点で捉え直し、消費者とともに新しい食文化をつくる。さらに食べない部分も無駄にしない地産地消によって、特産物とその風景を次代につなぐ。東播磨で進む「農」の地域戦略は他の地域のモデルにもなると思う。
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決める環境を示すフランス語。具体的には原料のブドウを育む土壌や気候のほか、作り手の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がっている。
2023/5/28-
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