風と水と土と ひょうごテロワール
田んぼに残る稲わらを農業機械で箱形に梱包(こんぽう)していく。兵庫県西脇市黒田庄町の特産「黒田庄和牛」の肥育農家が集める餌用の稲わらは、もう一つの特産である最高峰の酒米「山田錦」だ。11月から12月の晴れた日の午後、JR加古川線の車窓からも見ることができる。多彩な自然と人が織りなすテロワールの物語の宝庫、兵庫。今回は但馬牛を素牛とする兵庫県産ブランド牛の一つ、黒田庄和牛と稲わらの資源循環を紹介したい。(辻本一好)
■地域自給システム
中世の庄名をそのまま伝える黒田庄町は山田錦の生産地帯、北播磨の北にある。丹波市との境界付近で、北から流れる加古川は東からの篠山川と合流し、川幅を増す。
稲穂を刈った後の稲わらを牛の餌にする営みは、かつてはどこでも当たり前だったが、今はほとんど見かけない。北海道などを除いて全国で飼育されている牛の飼料の多くは、輸入に頼るようになっている。
そうした日本の畜産業がピンチに立たされている。化石燃料の高騰やコロナ禍による物流の混乱、ウクライナでの戦争などの影響で輸入飼料が暴騰しているからだ。あらゆる農業資材が値上がりしており、飼料代だけで年間数百万円の負担増に見舞われ、経営が苦境に立たされている農家も少なくない。
そんな状況だからこそ、黒田庄で続けられてきた地域自給システムに注目したい。
■牛ふん堆肥と資源循環
「うちの粗飼料(草の飼料)は100%地域の田んぼの稲わらで、そのほとんどが山田錦です」。黒田庄和牛同志会会長の三谷悟さんは胸を張る。同志会のメンバーは現在12人で、合わせて1200頭の但馬牛を肥育し、神戸ビーフと黒田庄和牛を供給している。
黒田庄における山田錦の稲わら資源循環は、稲わらと牛ふん堆肥の交換によって成り立っている。
循環システムは1988年ごろから西脇市との合併前の旧黒田庄町が「有機の里づくり」を掲げ、本格化した。
今の稲作では、稲刈りの際にわらを細かく裁断するのが一般的だが、堆肥と交換する稲作農家はわらを長いまま田んぼに残す。
■秋の日差しを生かす
稲わらは、秋の日差しで20日ほど天日に干してから集める。2、3回雨に当たるのが理想だそうだ。「牛は、新しいわらは食べない。腹につかえて重たくなるから。わらのアクをとり、多すぎるビタミンを減らすのも目的」。300頭の但馬牛を飼う同志会の山崎壽一さんは説明する。
わらを集める作業は10月後半、稲刈りの早い食用米から始まる。山田錦の稲わらは11月に入ってからだ。晴天の日、ヘーメーカーという機械で寄せ集めていく。朝露が乾くのを待つため、早くても10時半ごろからになる。
■湿り気との闘い
「湿ったまま集めるのは絶対だめ。カビが生えたのを牛が食べると、下痢や食中毒の原因になるから。風があると早く乾くので、ありがたい」と山崎さん。
湿った土に接していた下のわらが上になるよう、機械で反転させながら寄せ集める。これも乾燥を早めるための工夫だ。
梱包作業は午後から。稲わらをへーベーラーという機械でかき集めて裁断し、ひもで縛ったわらの塊をこしらえながら進んでいく。収集が終わると、軽トラの荷台へ。一つの大きさは長さ70センチ、幅40センチ、高さ40センチ。毎回、きっちり55個を積み上げるそうだ。
作業は午後4時ごろには終えなければならない。山の端に日が落ちると、再び稲わらが湿り始めてしまう。「作業できる時間が短いので、収集できるのは1日で60アールほど。雨が降ると田んぼが乾くまでできない」
飼育する但馬牛のふんや敷きわらは、共用の堆肥化施設で発酵させる。できあがった堆肥は翌年の2月ごろまでに、稲わらを収集した田んぼに散布してまわる。これで稲わらと堆肥の交換が完了する。
■先人の知恵受け継ぐ
山田錦の稲わらは牛舎内に積み上げられているが、但馬牛に食べさせるのは4月以降だ。
「冬の寒さに当ててわらにいる虫を殺すため。基本は先輩たちに教えてもらった昔からの知恵です」
山崎さんは、地元農協の職員だった昭和後半から、先輩農家からわらの集め方や管理を聞いてまわった。同志会の稲わら収集作業は、その時に完成したマニュアルがもとになっている。
山崎さんが10ヘクタールの田んぼで手がける収集作業は、12月後半まで続く。「まだ全体の4割。いい子牛をいい餌で育て、最高の牛に仕上げるのが黒田庄。大事なのは牛が喜んで食べる山田錦のわらを丁寧に集めること。焦ってもしょうがない」と穏やかな表情で語る。
手間をかけて地域の優れたものを生かし、産物を磨き上げる。ここには、日本のものづくりが基本としてきた営みが今も息づいている。地域の稲わらを生かす取り組みが、輸入飼料危機に直面する農家から見直されることを願う。
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決めるさまざまな自然環境を示すフランス語。具体的には原料となるブドウ畑の土壌や気候のほか、農家や醸造職人の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がり始めている。
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