風と水と土と ひょうごテロワール
赤花そばの郷(豊岡市但東町)の名物「水そば」は、つゆも塩もつけない。水を張った器に入れたまま、いただく。その独特な軽やかな味わいの中にさわやかな甘みが現れ、二度三度と口に運ぶ中で、麺がまとう水が透明感のある味を浮きだたせていると分かる-。自然と人の多彩なテロワールの物語が詰まった兵庫。今回は、在来種ならではの十割そばの風味を極め抜く「赤花そば」の世界を紹介したい。(辻本一好)
■山間に残った在来種
赤花そばは豊岡市の東の端、京都・丹後との境にある但東町赤花地区で採種されてきた。昼夜の温暖差が大きい山間の農地で育てるそばは風味がよく、粘りがあり、そば粉だけの十割そばが打ちやすい。
集落にある法華寺には、400年ほど前にそばが振る舞われた記述が残っているという。
各地で在来種のそばが失われる中、貴重な地域の種を残そうと1991年、地域住民で生産組合を設立。国や県の補助を受け、赤花そばの郷をオープンした。
■栽培から一貫生産
現在は10の団体と個人が、町内の約20ヘクタールで無農薬栽培している。長くけん引役だった本田重美さんが2020年に亡くなり、息子の忠寛さんが栽培から製麺まで中心となっている。
「品種改良された一般的なそばに比べ、収量は半分ほどですが、舌触りの良さ、こしの強さ、風味の豊かさは在来種ならではです」
そばの持ち味を損なわないまま提供しようと、各工程を徹底的に研究し、独自の発想で開発された設備がそろえられている。
その一つが天日乾燥機。収穫されたそばの実を屋外同様に日差しが得られるガラス張りの施設で3日間、ベルトコンベヤーで循環させながら水分を少しずつ落とし、独特のうまみを出す。
乾燥させた実は、除湿と加湿の両方の機能を備えた冷蔵庫で保管。製粉の石臼は実と実をこすり合わせる独自の仕組みで、熱を持たさず時間をかけて粉にしていく。
■「水そば」という答え
「そばはシンプルだからわずかな差で味が生き、味が死ぬ。だから面白い」。生前、そう話していた重美さんの一つの答えが「水そば」だった。
水そばづくりは一年で最も寒い時期に、実を約3日間、水に漬けることから始まる。「おやじは、寒水につけたそばで打ったという古い文献を見て、復元した」と忠寛さん。
ポイントは発芽寸前に水から引き上げること。気温が高い日は発芽しやすくなるので注意が要る。逆に氷点下の時は、凍らないように井戸水の流水を調整しながら、水温を5~10度に保つ。アクと渋みが抜け、水を吸って大きく膨らんだ実を再び天日乾燥機へ。かすかな風にさらしながらゆっくり乾かし、1年分の水そば用の実を確保する。
赤花そばの郷の自慢は、この水そばと通常のそばのセット(1500円、税込み)。清涼な水に漬かった水そばを味わった後、こだわりのつゆでそばをいただき、二つの世界を楽しむ。
■種子を守るための旅
強みは、栽培から製麺まで一貫したものづくりにある。中でも、重美さんが最も気を使っていたのが「種」だった。
そばは自然交雑しやすい植物だ。周辺で別品種のそばが栽培されていると、昆虫が行き交って花粉を運ぶことで交配してしまい、在来種特有の個性が失われてしまう。
「今も他の品種の栽培地域から、ミツバチの行動範囲とされる3キロ以上離れた場所で、栽培しています」。広い平野が少なく、山々が集落を隔てる但馬のテロワールのたまものと言える。
種子を次の世代に確実につなぐため、重美さんは万一に備えた手も打っていた。そばが栽培されていない海外での採種と保存だ。重美さんが選んだ地域はモンゴルやインドネシア。同行取材の話もしていたが、もっと詳しく聞いておくべきだったと悔やまれてならない。
■焼き畑のそばを復活
豪快かつ繊細な地域戦略を練っていた重美さんの一番の夢は、焼き畑でのそばの栽培だった。
日本の山間地の原風景だった焼き畑農業は、赤花地区でも昭和30年ごろまで手がけていた。まだ熱い焼け跡にそばの種をまいて育て、貴重な食料にしていた。
2015年、約60年ぶりに「ひょうごの在来種保存会」(姫路市)の協力を得て、試験的に復活させた重美さんは「肥料で育てるのとは違う、先人たちが味わっていたそばの風味を再現したい」と話していた。
焼き畑は里山再生や獣害対策にもなり、国内各地で見直す動きが広がっている。宮崎県の高千穂郷・椎葉山の農法は、持続可能な森林農業として世界農業遺産になった。但馬のテロワールを伝えるそばの神髄の風味を、焼き畑の風景とともに、よみがえらせたい。
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決める環境を示すフランス語。具体的には原料のブドウを育む土壌や気候のほか、作り手の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がっている。
2023/3/26-
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