風と水と土と ひょうごテロワール
よく手入れされた竹林は明るく、風がよく通る。竹同士の間隔は1間(約1・8メートル)ぐらい。日差しが入るよう、まだ柔らかい成長途中に揺さぶって先端を折ったり、切ったりして高さが抑えられている。タケノコの産地として知られる西播磨の太市(兵庫県姫路市)や松尾(同県太子町)には、竹林を管理するための技術が受け継がれている。兵庫の優れた特産物を生み出す自然や人の営みをテロワールの視点で掘り下げる連載の第8回は、タケノコと竹林のデザインについて考えたい。(辻本一好)
■「味の太市」
JR姫路駅から発する姫新線の太市駅で降りて、西へ5分歩いたところに太市筍(たけのこ)組合の加工出荷施設がある。
江戸時代末の嘉永(かえい)年間(1848~54年)に孟宗竹(もうそうちく)を移植したのが始まりといわれ、「器量(姿)は山城(京都)、味の太市」と称されるほどの名産地だ。栽培面積は53ヘクタールで年間120トンを生産する。
施設の前には、早くから朝掘りを持ち込む生産者の軽トラックなどが並ぶ。計量などの後、姫路、明石、神戸の市場に出荷されるほか、5月上旬まで直売もしている。水煮して缶詰に加工され、いつでも新鮮な風味が味わえる。
■竹に記された数字
木漏れ日が照らす青竹の凜(りん)としたたたずまい。雨の後、あちこちから姿を現すタケノコ。春の生命力の息吹を感じさせてくれる竹林の空間は、日本の原風景の一つだとあらためて思う。
手入れが行き届いた竹林であることを物語るのが、竹の表面に刻まれた数字だ。タケノコから竹になった後に生産者が記す生まれ年で、「30」や「平三十」は平成30年生まれを指す。
「古くなった親竹の周りはタケノコが生えなくなる。出てから5~7年くらいで伐採するのが理想です」と話す太市筍組合長の篠本忠美さんは、竹の表面を傷つけたくないのでペンで年号を記すそうだ。
寿命を迎えた親竹を切ると、新しい親竹をつくる必要がある。次の親竹に選んだタケノコのそばには、地面に印となる枝が刺されている。「他の親竹との間隔も見ながら、真っすぐに伸びそうで土の中に成長のじゃまになる根がないかを調べ、選びます」
■若々しさを保つ
受け継がれる竹林を管理する技術の話を聞いていると、毎年親竹を更新して若々しさを保つ手入れこそが、良質のタケノコを生み出す「テロワールの基本」であることが分かる。
白く美しい良品を育てるには、冬の土入れも欠かせない。林内の斜面の土を削って地面に満遍なくかぶせていく。この作業によって、柔らかくてきめ細かく、あくの少ないタケノコを育むことができる。
だが、近年は高齢化や生産を不安定にする気候変動などによって、代々続けてきた竹林の管理が難しくなっている。
太子町松尾地区でも同じように住民が組合をつくって、生産から缶詰加工までを営んでいる。戦後の食糧難の時代に地域所有の山に孟宗竹を移植したのが始まりで、一部は京都や関東に流通しているという。
ただ、最近は手入れの遅れで更新のサイクルが滞り、暗いやぶになってしまった竹林が増えている。「伐採しても重い竹の運搬は高齢者にとって大変で、使い道もない。タケノコの需要はあるんですが…」と松尾農産加工組合長の井上一幸さんは厳しい表情で語る。
用途をプラスチックなどに奪われ、荒廃してしまった竹林は、農村共通の社会問題となっている。
そうした地域の現状を知って、有効活用しようという動きも出てきた。
■カキ筏と有機肥料
同じ西播磨のたつの市でカキ養殖を営む「公栄水産」では、カキを海につるして育てる竹筏(いかだ)の地産地消に取り組んでいる。
赤穂から高砂までの広い地域で、年々生産量を増やしているカキ養殖。使われる筏の材料となる竹のほとんどは、九州など県外から運ばれてくるが、公栄水産では4年前から市内の孟宗竹に切り替え始めた。
「石油の高騰で運賃も値上がりしている。地元で資源を循環させれば、漁業者も竹に悩む地域も、ともにメリットがある」と代表の磯部公一さんは話す。
このほか、竹をチップにして有機肥料にする動きも広がる。輸入天然ガスを原料とする化学肥料の急騰を背景に、農林水産省は地域資源を生かした肥料への切り替えを「緊急転換事業」で後押しする。竹はその有望な候補の一つだ。他に類を見ない成長力や素材としての価値が、再び脚光を浴びつつある。
カキ筏や肥料という新たなニーズと竹林をつなぐことによって、タケノコを生産し続ける「型」となる新しいテロワールを形づくることは可能だろう。地域の産業を結びつけ、美しく豊かな竹林を次代につなぐ。そんな地域デザインを描きたい。
【テロワール】ワインの業界でよく使われ、味や香りを決めるさまざまな自然環境を示すフランス語。具体的には原料となるブドウ畑の土壌や気候のほか、農家や醸造職人の技術も含まれる。日本酒などについても海外での人気の高まりとともに、原料や水、土壌や歴史などを総合的に捉える動きが広がり始めている。
2022/4/24-
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