沼島ではえ縄漁を続ける安達一富さん。ハモにかまれないよう、枝縄は背中越しに引き上げる=南あわじ市沼島沖
沼島ではえ縄漁を続ける安達一富さん。ハモにかまれないよう、枝縄は背中越しに引き上げる=南あわじ市沼島沖

 兵庫県南あわじ市の沼島では、ハモの「はえ縄漁」が長年受け継がれてきた。だが、今も続けるのは一軒だけ。夜の漁に同行すると、島を囲めるほどの長さの縄を仕掛け、鋭い歯を持つ暴れん坊を釣り上げる伝統の技は、想像以上の迫力だった。(劉 楓音)

 ハモは夜行性の魚で、昼間は海底に身を潜めているため、漁は夕方から夜中にかけて行われる。底引き網漁に比べて、身が傷つきにくいのが利点だ。

 沼島のはえ縄漁は、江戸時代から行われていたとされ、昭和初期には40~50隻が漁に出ていたというが、深夜までの重労働だけに次第に減少。今では安達一富(かずとみ)さん(53)一家だけになり、沼島沖で漁をする福良漁協でも4軒しかない。

■午後4時半

 一富さんとおじの金次さん(74)が沖へ出た。用意した餌は生きたアジ。「生き餌は食いつきが違う」と一富さん。水深40~50メートルの底に潜むハモを狙う。

 使用するのは長さ1キロのはえ縄が12本。針を付けた枝縄が1本につき60本、約16メートルの間隔でぶら下がる。金次さんはアジを次々と針にかけ、海へ放り投げていく。場所は日によって変えるといい、この日は外周約10キロの沼島を取り囲むように仕掛けていった。

■午後7時半

 いったん帰宅して腹ごしらえを終えると、一富さんと金次さんは別々の船で再び沖へ。手分けして、縄を引き上げ始めた。

 日が落ちて、一気に暗くなる中、一富さんはローラーで縄を巻き上げながら、ナイロン製の枝縄をたぐり寄せる。「食っとるぞ」。声と同時に、細長い魚体が空中で弧を描いた。

 「ええハモ、上等や」。びちびちと音を立てて跳ねるハモを、手早くいけすへ移す。京都で好まれるのは湯引きにした時に見た目がきれいな、600~800グラムのもの。ハモすきを出す沼島の旅館では、1・3~1・5キロの大ぶりなサイズが食べ応えがあって喜ばれるそうだ。

 この日の漁は3時間ほどで終えた。漁期は5月から10月半ばまでで、秋は一人で出漁するため、午前1時半ごろまでの長丁場だ。

 一富さんは18歳から父親と船に乗る。「背中を見て学べというおやじやった」。亡くなってから8年たった今も、かなわないとの思いはあるが、「やりよったら、そのうち結果はついてくる。多分な」と笑う。

 ただ、仕事は楽でなく、沼島の人口減もあり、息子に跡を継がせようとは考えていない。「生きてる間は続けたい。ぼちぼちな」

 港に戻ると、ハモは海上の「ちょうちん網」に移された。鮮度が命で、生きたまま出荷されていく。

■午前6時前

 港近くの納屋では、男女5人が「縄繰り」をしていた。はえ縄を次の漁までに修繕する作業だ。なくなった針を付け替え、絡んだ縄をきれいにほどく。1本に2時間ほどかかるという。

 70年間漁師一筋だった男性もいれば、子どもの頃に登校前の縄繰りを日課としていた女性もいる。「昔はこの辺には縄繰りする人がずらりと並んでた」。思い出話をしながら、手際良く作業を進めていた。

■午前8時

 小骨が多いハモを食べるには「骨切り」が必要だ。一富さんは家で包丁を手にすると、自分でさばいてみせてくれた。

 焼いたハモとキュウリ、タマネギの酢の物が「元気がでる」という、お薦めの一品。「あらでだしを取ったみそ汁もええ。ずっと食っても飽きない」

 漁師の厳しい仕事の励みとなるのは、食べた人の喜びの言葉だ。「沼島のハモはうまい。やっぱ違うわ。そう言ってくれたら一番うれしい」と、日焼けした顔をほころばせた。