澤田雅浩さん
澤田雅浩さん

 7月28日夕、熊本県を最大震度7、マグニチュード7・1の揺れが襲った。10年前、前震と本震の2度の震度7が被害を広げた「平成28年熊本地震」の記憶が背後にある。節目の年に、同じ県の人たちがまた暮らしの再建を迫られる。理不尽という言葉しか浮かばない。被災された方々に心からお見舞いを申し上げたい。最優先されるべきはそこで暮らす人たちの安全と、当たり前の生活の回復である。外から論じる言葉は、その後に置かれなければならない。

 室崎益輝・神戸大名誉教授は発災直後、被害の量ではなく「質」に目を向けよとフェイスブックに書いた。住宅、ライフライン、地域経済、歴史的な家屋や文化、病院や福祉施設。いずれも被害は深刻で、再建には多大な時間と資源を要する。しかも今回は酷暑の下にあり、社会経済の窮乏の下にある。同じ震度7でも、置かれた条件が違えば苦しみの質は変わる。爆発で崩落した商業施設の映像に目を奪われている間に、個々の被災者の生活困窮が視界から外れる。被害の質が激化しているのなら、対策の質もまた強化されなければならない。それが室崎氏の提起だろう。

■被災地の蓄積に希望を見る 

そのうえで私は、この10年をもう少し希望を持って見ている。前回の熊本地震からの復旧・復興のプロセスは今回の被害を確かに食い止めていると思うのだ。耐震化された住宅、確かめられてきた避難の手順、行政と支援者の間の回路。それらは機能している。ただ強い揺れの中心が前回より南西へずれた。手が届かないまま残されていた地域の脆弱(ぜいじゃく)性が、そのまま被害となって現れた形である。

 備えは効く。積み上げたものが働くという事実は、これから続く長い手当にも期待できるということだ。前回の地震発災直後から続く「火の国会議」で、行政と社会福祉協議会、NPOが支援の空白と重複を洗い出す仕組みが定着し、そこから生まれたKVOAD(くまもと災害ボランティア団体ネットワーク)がその回路を平時から保ってきた。九州が経験したのは地震だけではない。2017年の九州北部豪雨、20年の球磨(くま)川の氾濫。そのたびに立ち上がり、いまでは全国の被災地へ駆けつけるNPOも育っている。原状回復にとどまらないまちづくりへ踏み出した団体もある。前回、熊本学園大学が学内を開放し、高齢者や障害者らを受け入れた福祉的な避難所の経験も残る。頼るべき相手は、被災地の内側にいるのだ。

 最も気がかりなのは避難生活である。前回は亡くなった278人の8割を超える228人が災害関連死で、直接死の4倍を超えた。県の調査では、本震の2日後までに肺塞栓(そくせん)症を発症した少なくとも18人は全員が車中泊をしていた。地震そのものよりも、その後の避難生活が人を奪ったのである。

 今回はそこに猛暑が重なる。地震と豪雨などの同時発生をマルチハザードと呼ぶが「災害と酷暑」もその一つと考える時期に来た。避難所の暑さで体調を崩し、車中に戻る人も出る。この悪循環を断つことが何より急を要する。

 思い出すのは07年7月の新潟県中越沖地震である。その3年前の中越地震では、車中避難を続けた人が肺塞栓症で7人亡くなった。全員が女性で、夜間にトイレに行くのを控えていた。中越沖地震で大きな被害が生じた柏崎ではその教訓を踏まえ、車中泊をやむを得ない避難の形として認めたうえで水分の補給と適度な運動、トイレを我慢しないことを繰り返し呼びかけた。その結果、避難生活中にエコノミークラス症候群で命を落とした人は一人も出ていない。

 あの夏も暑かった。飲料水はペットボトルの備蓄や支援で賄われたが、大量に必要になる生活用水は冬の消雪パイプ用だった地下水の揚水ポンプが暫定的に支えた。備えのつもりでなかった地域の設備が、命をつなぐ資源になった。

 しかし9年後、熊本で再び同じ死が繰り返された。教訓は、起きた場所にしか残りにくい。今回はこの10年の蓄積を持つ熊本その地での教訓が参照されるはずだ。

 国は今回もプッシュ型支援を打ち出した。室内で空調が使えなければ車中避難を選ぶ人は増える。ところが車を動かし冷やす燃料が手に入りにくい。給油所はこの30年で約6万カ所から半分以下に減った。物資を送るだけでなく、燃料と電力を安定的に大量に供給し続けること。これは国でなければできない仕事である。10年前、物資は熊本まで大量に届いたのに、避難所や在宅の被災者へ手渡す「ラストワンマイル」が用意されていなかった。届ける終点を、送り手が勝手に決めない。その反省を確かめ直したい。

 だから私たちは、これまで以上に支援する。ただし作法がある。神戸の経験を持ち込むのではなく、既に多くの経験がある彼らの求めに応える。失敗体験を含めた蓄積を信頼し、尊重する。実務を担う人自身が被災者でもあることを忘れない。そして、関わって得たものを必ず自分たちの備えに折り返す。熊本への思いを、将来の自らの被災に投影したい。災間を生きるとは、そういうことだろう。

(さわだ・まさひろ=兵庫県立大大学院減災復興政策研究科准教授)